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第4回 いつだってワガコトが話したい-教科書の内容をどう自分のことに料理する?

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日本語ボランティアの河田春恵さんは、まだ「単調な授業」から抜け出せることができません(第2回参照)。先日、ボランティア仲間である今井さんの授業を見学させてもらいましたが、彼のように破天荒な、しかしきちんと収まるところに収まる授業は、自分にはとうてい真似できそうにありません。

一方、授業の単調さは払拭できないままです。時間内に一通りのことは終えるのですが、
・テープは聞くだけ
・ドリルはするだけ
・ビデオは見るだけ

で、そこには自分が留学時代、英語の授業で感じたような、外国語を学ぶワクワク感がないのです。国際交流センターにあった教え方の本を見たら「良い授業のためには活動を組み合わせてみる」とあったので、会話のテープを聴いた後、生徒さんにそれぞれのパートを割り振って言わせてみたりしたのですが、やっぱりノリは悪いままです。

☆       ☆       ☆       ☆

-やっぱ、アタシ、向いてないのかなあ。

河田さんはカフェの正面でエアギターをしている相馬さんにそう言いました。相馬さんは河田さんの彼氏で、その気もないのに派遣プログラムでオーストラリアに飛ばされ、とある高校で日本語アシスタントをしています。

4ヶ月ぶりの帰国なので、二人は表参道でデート中ですが、今日の河田さんはグチが多く、自分でもそのことに気づいてしまっているだけに、重い気分が晴れません。

-それってさあ、
 エアギターの手をやめた相馬さんが切り出しました。

-何つうの、教科書に書いてあることがさぁ、習う方にグッと入ってこないんじゃね?
 河田さんは返事をせず、「何それ?」と言いたげな表情です。

-俺も英語習ったとき経験あんだけど、ジョンがナオミをパーティに誘う場面、とか会話にあってもさぁ、俺この二人とも知らねえし、関係ねえし、とか思わない? 

-そんなこと言ってもしょうがないじゃん、教科書にそう書いてあるんだから!

 まぁまぁ、と相馬さんは彼女を手でなだめつつ、
-枠を外れない程度で、ちょっとサービスしたっていいじゃん。例えばロックバンドが日本ツアーする時は、ギターで「♪さくらさくら」を弾いたりすると喜ぶじゃん。あんな感じでさ。

-でも、そんなこと言われてないし、次のボランティアの人に迷惑かかんないかなあ。

-じゃあ春恵って、次のボランティアに迷惑かけないために日本語教えてんの? それって違くね?

相馬さんはそう言うとグラスに残ったアイスコーヒーを飲み干し、またエアギターに入りました。その長い指先を見つめながら、河田さんはまた考え込んでしまいました。

☆       ☆       ☆       ☆

次の授業日、河田さんの担当は39課からです。

この課の文法事項は理由を述べるための文型で、会話は、遅刻をした人がその理由を述べて、あやまる場面です。
生徒さんは中国人男性の王さん、マレーシア人のリンさんです。オーストラリア人男性のスティーブさんはまだ来ていません。王さんは頬杖をつき、リンさんは昼間のアルバイトで疲れたのか、机に突っ伏していました。
(この人たちにとっての「♪さくらさくら」をしなくちゃ…)

河田さんは心でそう言い聞かせ、3枚の画用紙を取り出し、一枚目を二人に示します。
いつものまったく同じフレーズ(はい、○○ページを開けてください)から授業が始まると思っていた王さんとリンさんは何事か、と前を見やります。

そして一枚目の絵を見たとたんに、二人は吹き出しました。
そこには、済まなそうな顔で手を合わせている王さんのイラストがありました。

-それは、私、わたしです。
王さんは、すぐに自分だと気づいたようで、河田さんにそう言います。

河田さんは(笑ってる! 二人が笑ってる!)と内心、驚きを隠せません。しかしニッコリと頷いて、二枚目のイラストを示しました。二人は今度は目を見開きました。イラストは、交差点でトラックと車が衝突しています。事故の写真を見ながら描いたので、妙にリアルです。

そして三枚目、二人の学習者はまた笑い出しました。
今度のイラストはリンさんで、渋い顔をして腕組みをしています。

-王さん、リンさん。絵が三枚あります。これを使って、ストーリーを作ってください。
二人はまだ、理由を示す言い方を習っていません。しかし絵を受け取るとすぐに、並べ替えたり指差したりして、会話を作りはじめました。

10分後、二人はイラストを示しながら、こんな会話を作りました。
 
王:ごめんなさい。遅れました。
リン:どうしたんですか。遅いですね。
王:トラックと車の事故です。それを見ていて…ごめんなさい。
リン:じゃあ仕事をしてください。 

河田さんは頷いて拍手をしました。二人は理由を示す言い方を習う心の準備が、しっかりできているようです。
(じゃあ、導入行くかな。)
そう思ったとき、ドアが開いて、スティーブさんが済まなそうに入ってきました。王さんとリンさんはなぜか手を叩いて、彼を迎えました。スティーブさんは河田さんのほうを見ると

-ごめんなさい、遅れました。
 と言いました。それを聞いた二人は、また手を叩いて喜びました。

【どうする? どうして?】
相馬さんが言いたかったことは、学習者に、授業の内容を少しでも「ワガコト」と思ってもらえばどうか、ということでしょう。「ワガコト」、つまり自分に関心ある事項は早く覚えますし、習おうという気持ちも強いものです(これは心理学の動機づけ理論の「親和動機」で説明できます)。授業の内容が「ワガコト」でなかったら、それをワガコト化してしまえばいいのです。教科書の内容を一字一句違わず進められなくても、まず受講している授業に興味を持ってもらうことが大切です。

荒川洋平 (あらかわ・ようへい)
東京外国語大学准教授(留学生日本語教育センター)。
専門はメタファー研究を中心とした認知言語学。
著書に『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『続・もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『とりあえず日本語で もしも・・・あなたが外国人と「日本語で話す」としたら』(弊社刊)
『こぐまのお助けハンドブック-悩める日本語教師たちに贈る』(アルク)、
『日本語教師のための応用認知言語学』(共著・凡人社)、『日本語という外国語』
(講談社)などがある。

荒川洋平先生の電子書籍
もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
続・もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら とりあえず日本語で〈デジタル版〉


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