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第7回 役目を与えてみんな活躍―レベルが違う学習者が混在するクラスでの対応は?

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荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編

日本語ボランティアの河田春恵さんは前回、学習者の似顔絵を使った授業(第4回参照)がうまく進んだので、ご機嫌です。今日はノー残業デーで早く帰れたので、気合いを入れて準備に取り組んでいました。

ところがボランティア事務局から入った1本の電話で、またまた河田さんはヘコんでしまいました。何でも初級クラスの先生の都合が悪くなって辞めてしまい、代わりの人が見つかるまで、そこの生徒さん2名を河田さんの初級クラスに一緒に入れてほしい、と言うのです。

彼女が教えている3人の生徒さん―中国の王さん・マレーシアのリンさん・オーストラリアのスティーブさん―は、初級といっても後半レベルで、かなり上手に話せます。ここに日本語を始めて2ヶ月程度の人が入ってきても、経験の少ない河田さんには、授業をうまく進められるかどうか、まったく自信がありません。

☆          ☆          ☆

次の授業日、河田さんは教室に入りました。

目の前の様子は、彼女が想像していた通りです。王さんとリンさんは隣り合って最前列に座り、新しい生徒さん―インドネシアのジョニさん、ベトナムのグエンさん―は、最後列で心細そうに座っています。 

(大丈夫かなあ…。)
不安になりながらも、河田さんは4人と挨拶を交わしました。スティーブさんはいつも通り、まだ来ていません。

(でもアタシが元気にやらなくちゃ、授業にならないか。)
自分にそう言い聞かせると、まず河田さんは王さんに話しかけました。

―王さん、ちょっと前に来てください。
王さんは立ち上がると、メタルフレームのメガネを押し上げ、何だろう、という表情で河田さんの前に立ちました。河田さんは1枚の写真を王さんだけに見せると、黙っていてね、と人差し指を唇に当てました。そして王さんがその写真を見ている間、他の3人に、白いコピー用紙と中字のフェルトペンを渡しました。

―ジョニさん、グエンさん、前に座ってください。どうぞ。
河田さんは「新入生」の2名を前の席に促すと、王さんが手にした写真を指さしました。

―これは、王さんの、友だちの、写真です。どんな人ですか? もちろん、わかりません。日本語で、質問を、してください。王さんは、その絵を見て、答えてください。皆さんは、答を聞いて、絵を描いてください。
ゆっくり区切って、噛んで含めるように河田さんは話しました。休暇を終えてオーストラリアへ戻った相馬さんから、たいていのことはゆっくり明瞭に話せば通じる、と聞き、試してみたのです。
どうやら、初級前半の二人も理解したようで、フェルトペンのキャップを取り、身構えました。

―ハイ、じゃあ質問です。
先輩の余裕で、リンさんがまず訊きました。

―王さんの友達は、背が高いですか、低いですか?

―低いです。ああ、この人は、友達です、でも子供です。
王さんの答を聞き、リンさんがまた訊きました。

―髪の毛は、長いですか。

―いいえ、短いです。でも、これの、感じ、です。
王さんも写真を見て描写するのに慣れていないようで、流暢には話せず、手を眉のところに当てると、そう答えました。

それを聴いた3人は、いっせいに子供の頭らしき絵を描き、髪がひたいを覆うようにペンを走らせます。3人は聞いて描くだけの立場ですから、この場に限って言えば、あまり日本語の差は感じません。
2回聞いたリンさんは、どうぞ、と言うように、2人の後輩に手を差し出しました。ジョニさんは丁寧に頭を下げると、質問をしました。

―顔は、あぁ、いくら…ですか?
河田さんが直そうとする前に、リンさんは

―あの、「どんな」ですか?
と、訂正しました。王さんは写真を見て、

―顔は丸いです。そして、目も丸いです。
そう答えました。日本語を直してもらったジョニさんは、リンさんに頭を下げ、髪型の下の顔を丸く描きました。グエンさんも同じように、丸顔で額に前髪がかかった子供の顔を描いています。

(大輔、サンキュー!)
スムーズな展開を見ながら、河田さんは心でそう呟いて、すこしほっとしました。

実は河田さんは帰豪直後の相馬さんにメールを打ち、彼の上司に当たるパーカー先生から、能力が違う生徒が混在する教室ではどうすればいいのか、ヒントを貰うように頼んだのです。いま目の前で4人がやっていることは、パーカー先生が教えてくれた活動でした。

―服は、何ですか?
今度はベトナムのグエンさんが聞きました。王さんは、

―あのう、ズボン、です。そして、ズボンが上、長い…。
王さんは戸惑ってそう答え、オーバーオールの胸当てを手振りで示しました。3人は納得したように絵を進めます。日本語力はともかく、絵は後輩の2人が上手です。

10個以上の質問が出たあと、河田さんは王さんに写真を見せるようにと指示し、3人もその写真とそれぞれの絵とを比べてみました。写真の男の子―河田さんの甥です―にいちばん似ていたのは、グエンさんの絵でした。

―じゃあ、グエンさんが一番です。でも、リンさん、たくさん日本語を手伝ってくれて、ありがとう!
絵では一番になれなかったものの、半ば先生扱いをされたリンさんも嬉しそうです。
その時、廊下からせわしい足音が聞こえました。
それを聞いた河田さんはひらめき、廊下へ駆け出ると、ちょうどやってきたスティーブさんをその場へ留め、教室のドアを開けると次の指示を出しました。

―じゃあ、またやりましょう。今度は、新しいクラスメートです。いま、外にいます。ジョニさんとグエンさん、質問をして、絵を描いてください。リンさんと王さん、質問に答えてください…。

【どうする? どうして?】
河田さんがやった活動は、実際に英語圏の中等教育で、日本語の運用力が違う生徒が一つのクラスに混在した場合に使われる方法です。この活動が優れている点は、二つあります。

一つは、出来る方(王さん)が写真の描写という難しい役割に回り、まだ出来ない方(ジョニさん・グエンさん)は質問をするという、比較的易しい役割に回ったことです。そしてもう一人の出来る方であるリンさんは二人の日本語のサポートに回り、4人が運用力に応じた役目を果たしたことになります。

もう一つは、絵の巧拙という評価要素を取り入れることで、日本語が十分ではない学習者にも、何らかの形で活躍できる余地を残したことです。運用力が混在するクラスでは、普通に授業をしては互いの差が目立ってしまい、出来る方と出来ない方、双方の不満が大きくなってしまいますから、さまざまな方法でその差を見えにくくする、いわば漂白する工夫が求められます。

河田さんが使った甥の写真

荒川洋平 (あらかわ・ようへい)
東京外国語大学准教授(留学生日本語教育センター)。
専門はメタファー研究を中心とした認知言語学。
著書に『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『続・もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『とりあえず日本語で もしも・・・あなたが外国人と「日本語で話す」としたら』(弊社刊)
『こぐまのお助けハンドブック-悩める日本語教師たちに贈る』(アルク)、
『日本語教師のための応用認知言語学』(共著・凡人社)、『日本語という外国語』
(講談社)などがある。

荒川洋平先生の電子書籍
もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
続・もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら とりあえず日本語で〈デジタル版〉


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