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『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級1』を使った地域のにほんご教室

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特別連載 日本語教科書活用講座25 / 『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級1』を使った地域の日本語教室

にほんごの会企業組合 日本語講師 宿谷和子

はじめに
『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級1』は、地域の日本語教室のゼロスタートの学習者と支援者のための本です。週1,2回、1回の学習時間が1時間半から2時間という教室の条件に合わせてコンパクトに、そして楽しく学習できるように作りました。

課の進め方 8課を例に
地域の日本語教室にはクラスレッスン、グループレッスン、1対1といろいろな教室形態がありますが、ここでは8課を例に、クラス・グループでのやり方をご紹介します。
この日は6人のクラスでした。わたしたちの教室では、ひとつの課を大体1回(1時間50分くらい)で進めています。教室にはホワイトボードもあります。
8課は「行きます」「来ます」「帰ります」の移動動詞の学習です。行き先には助詞「へ」を、また交通手段の乗り物には「で」をつけることも合わせて学習します。また時間の長さ(~分、~時間など)も勉強することで、日頃よく行く場所について、何で行くか、どのくらいかかるかなど、いろいろ話すことができます。

○用意するもの
「いきます」「きます」「かえります」の絵カード(教科書付属のCD-ROMに収録されています)、文字カード、場所の絵カード(うち(家)、レストラン、銀行、スーパーなど)その他、住んでいる地域の地図など。

○導入
教室の中に「わたし(支援者)のうち」「レストラン(などの場所)」を設定して、「レストランへ行きます」「うちへ帰ります」と言いながら、移動してみせます。「来ます」は、学習者を手招きして支援者の家へ来てもらい、「○○さんはわたしのうちへ来ました」と言います。

○説明
改めて、絵カードと文字カードで「行きます・来ます・帰ります」を示します。
ときどき、「行きます」と「来ます」で混乱する学習者の中には、支援者の発音がよく聞き取れずに、両方「kimasu」と聞こえている場合があります。「いきます」「きます」の文字カードで区別を確認するといいでしょう。
また移動の矢印だけに注目して「行きます」「帰ります」で混乱する学習者もいます。
「帰ります」の目的地が自分の家であることを確認しましょう。

クリックして拡大

ホワイトボードに、いきます きます かえります の文字カードを並べて貼り、そこに 場所と助詞「へ」を書き加えて、「場所+方向を示す助詞+移動動詞」の文の構造を視覚的にわかるようにします。場所は絵カードでも文字でもいいでしょう。
助詞「へ」は、カードを使ったり、マーカーの色を変えたりして目立つようにしましょう。課が進むにつれていろいろな助詞を学習するようになるので、この段階から動詞と助詞の組み合わせや、その助詞が持つ意味や機能について、意識を向けるようにすることが大切です。

レストラン  いきます
ここ  きます
うち  かえります

○基本練習
語彙や文型定着のためには基本練習はとても大切ですが、ともすれば退屈になりがちです。どうしたら楽しくできるでしょうか。

工夫① チョイス(答えたいことを、自分で選ぶ)
「うち」「レストラン」「銀行」「スーパー」「日本語教室」「日本」などいろいろな移動先の場所(絵カードでも文字カードでもよい)を用意して、ホワイトボードに貼ります。学習者は自分で場所を選んで文を作ります。自分で選んで文を作ることで、学習者が主体になります。また、「来ます」には、今いる場所である「日本語教室」や「日本」などの語彙も入れると、さらに学習が広がります。

工夫② 例文から学習者自身の文へ
文型を使ってQ&Aの練習をしたいと思っても、ぎこちないやり取りで、却って尋問しているようになってしまうことはありませんか。そんなとき、例文をいっしょに読んだ後で、さりげなく同じ質問を学習者に振ってみるとうまくいきます。
(学習者といっしょに例文を読む)きのう どこへ いきましたか。
-どこも いきませんでした。
支援者:○○さんは? きのう どこへ 行きましたか。
学習者:うーん、Park・・・(支援者:ああ、公園・・公園へ行きました)

○コミュニカティブな練習や活動
「はなしましょう」「かつどう」などはコミュニカティブな練習です。ここでは学習者が話したい気持ちを大切に、発話を引き出してあげましょう。学習者が実際によく行く場所について話してもらうと、学習者の生活がよく見えてきます。そうすると話題も広がり、生きた日本語学習になります。学習者から発話を引き出すにはどうすればいいでしょうか。

工夫① モノを使う。
住んでいる場所の地図などを広げて、お互いに知っている場所をさがしたり、コンビニやなじみのスーパーの看板などを見せたりすると、楽しくできます。まず支援者がよく買い物に行く店などで「わたしは ○○へ行きます」などと話すと、学習者も話しやすくなります。おしゃべりが乗ってくると、学習者から「児童館」「(配偶者の)お母さんのうち」や特定の地名など出てくることもよくあり、また語彙も広がります。


教科書 P60 より

工夫② 学習者がよく行く場所について、書いて話す。
移動手段や所要時間の学習のあとに、下のような絵を使ってよく行く場所を書きこんでもらってから、話す活動があります。口頭だけで話すより、もっと具体的に話しやすくなるようです。その下は、ある若い韓国人の男性が書いてくれたものですが、右上の書き込みには「新宿―新大久保」とあり、彼が夜中に新大久保の焼肉屋さんでアルバイトをしていること、その店や仕事のことなどいろいろ話してくれました。


教科書 P61 より
クリックして拡大
学習者が書き込んだ実際の図

○会話の留意点
学習者の中には、母語の影響で「行きます」「来ます」の使い方を間違えることがよくあります。8課の会話では、マリオさんのいる場所を確認しながら、音声を聞いたり、練習したりするといいでしょう。実際に携帯電話を片手に持って、移動しながら「今から行きます」「今、来ました」と練習するのも楽しくできます。


教科書 P62 より

またCDには、各課の会話と同じ内容の「ともだちかいわ」も収録されています。地域の日本語教室には、家族や親しい友人を通してくだけた普通体の会話をよく耳にする学習者も多いので、教科書で学習する丁寧体と聞き比べるのもいいでしょう。

文字学習について
日本語学校では文字学習はスタートするときに必須の学習項目ですが、地域の日本語教室では限られた時間でどうするか、悩ましい問題です。
この本の最後の方(170ページから193ページ)には、ひらがな、カタカナが学べる「文字学習」のページがあります。課と連動して、1回10個ずつのひらがなやカタカナが学習できるようになっています。毎回10分程度なら、負担も少ないでしょう。10課まではひらがなにローマ字ルビがふってありますが、11課からはローマ字ルビがはずしてあります。支援者はここで学習者がめげないように励ましながら、例文などを読むように促しましょう。この本が終わるころには、学習者はきちんと読めるようになります。

最後に
この本は文型積み上げ型の教科書ですが、目指す目標はコミュニケーションです。文型を道具に例えるなら、学習者が獲得した道具を使って、自分のことや自分の生活について話したり、支援者も含めた教室の仲間と楽しくおしゃべりしたりすることが、ゴールです。
学習者がたくさん話せる楽しい教室を目指して、学習支援をしてみませんか。


『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級2』を使った地域のにほんご教室

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特別連載 日本語教科書活用講座25 / 『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級』を使った地域の日本語教室

にほんごの会企業組合 日本語講師 宿谷和子

はじめに
この本は『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級1』の続編で、日本語を少し学んだことがある学習者を対象としています。少し学んだと言っても、地域の日本語教室では、学習者が習得している日本語の知識にばらつきがあって、教科書通りにはなかなか進まないのが現状でしょう。

私の教えてきたクラスでも、国際結婚してくだけた会話はできても、丁寧体でなかなか話せなかったり、日本滞在が長いけれど、文字が苦手でひらがな・カタカナが読めなかったり、また国で勉強したことがあって文法は知っているけれど、なかなか話せなかったりなど、いろいろな人たちがいました。

でも、日本で暮らしている学習者、特に滞在の長い人は生活の中でたくさんの日本語に接しています。生活上のいろいろな場面もたくさん経験しています。学習者の今持っている知識を引き出しながら、学習者にとって必要な生活場面にできるだけ合わせて、日本語学習支援をしていきましょう。学習者から出た発話が他の学習者の学びになることが、クラスレッスンの醍醐味でもあります。

この本は『初級1』同様、文型積み上げ型ではありますが、生活に必要な場面をたくさん取り上げています。特に29課は、外国人にとって一番関心の高い病院の場面です。今回は、子どものいるお母さんたちが多い教室での、クラスレッスン形式の教え方を考えてみましょう。

課の進め方 29課を例に
この課で扱う学習項目は、「病気・病院」に関係のある語彙と、動詞の「ない形」「~ないでください」の文型です。「病気・病院」場面の重要性を考えると、ぜひそのテーマの学習に時間をかけていただきたいと思います。例文や活動、また会話もこの「病気・病院」に関する内容になっています。

そうは言っても文法も大切な学習項目です。「ない形」は動詞のグループの見分け方にもつながる大切な動詞活用なので、おろそかにはできません。時間の限られた地域の教室では、「~ないでください」の練習を「病気・病院」のテーマになるべく合わせるようにすると、焦点の絞られた授業になるでしょう。

〇授業の最初に
まず、学習者に日本で病院へ行ったことがあるか、病気をしたことがあるか、聞いてみましょう。「病気・病院」というトピックに関心を持ってもらう目的もありますが、教師も学習者がどんな体験をしているか、知っておくことが大切です。

〇「病気のことば」を教える
教科書29課の1ページ目には、病気の症状などの絵がたくさん並んでいますが、この絵をひとつひとつ見せてください。
できれば、文字を見えないように工夫するといいでしょう。

学習者は自分の知っている言葉があれば、自発的に言おうとするでしょう。ときには、ここに書かれているものとは違う表現が出てくることもあります。
「お熱、高い」「ゲエした」「血が出た」こんな発話が出てきたら、語彙を増やすいいチャンスです。医者が子どもに対して使う言葉もありますので、大人が使う言葉と子供が使う言葉の区別をしたりしながら、病気表現を教えましょう。

病気のことば

21課p3の「もういっぽ」に「からだのことば」があります。これを見ながら、病気表現をもっと膨らませて練習しましょう。

からだのことば

「れいぶん」の医者と患者の会話は、実際の場面でも使えるように言葉を入れ替えたりしながら、ロールプレイで練習してください。

れいぶん

p73のイラストではいろいろな診療科を紹介しています。漢字に興味のある学習者には、漢字の読み方の練習も兼ねて下のようなカードで学習するといいでしょう。カードは点線で折り曲げ、最初はひらがなが見えないようにして、読み方を言ってもらいます。また、「病気のことば」と組み合わせて、どんなときどの診療科に行くか、考えてもらいましょう。

いろいろな診療科
フラッシュカード

〇「ない形」を教える
導入:p74のノイさんが診察室でお医者さんと話している絵を見ながら、×印やジェスチャー、また「お風呂はだめです」などの言い換えで、「(お風呂に入ら)ないでください」の意味を説明しましょう。
丸い囲みの中のいろいろな行為の絵を見ながら「ビールを飲まないでください」「車の運転をしないでください」などの文を作ります。作った文を板書しておくと、このあとの「ない形」の形を考えるヒントになります。

はいらないでください
のまないでください
しないでください

問診

27課には学習文型として「~ては いけません」があります。同じように禁止を示す表現なので、学習者から質問が出るかもしれません。「~ては いけません」の語調はとても強いこと、「~ないでください」はそれに比べるとソフトな表現であることを説明しましょう。同じ場面で医者が「~てはいけません」を使うこともできます。「~ないでください」は、行為の禁止を意味しますが、「~てください」と同様、指示や依頼の機能を持ちます。

形の説明と練習:24課に入る前に動詞のグループ分けを学習していますが、簡単に覚えられるものではないので、動詞の活用練習の度に確認することが大切です。学習者に知っている動詞を言ってもらったり、動詞フラッシュカードを見せたりしながら、その動詞をグループ別に分けましょう。ない形の作り方は、まず簡単なⅡグループから、次にⅢグループ、最後にⅠグループの順で学習します。

Ⅱグループ たべます → たべない 「ます」を取って、「ない」をつける
Ⅲグループ します → しない
(ここへ)きます → こない
2つだけ。覚える!
Ⅰグループ ます → かない
ます → すない
「ます」の前の音が、「あ」段になる。
注意! 「い」は「わ」になる。

このような「ない形」の作り方、特にⅠグループは、最初から説明せずに学習者にルールを考えてもらうといいでしょう。

活用練習:「ます形」から「ない形」を作る単純練習は、フラッシュカードや板書を見て声を出すことはもちろんですが、書く練習も大事です。ひらがなが苦手な場合は、ローマ字でもかまいません。学習者が作り方をきちんと理解しているかどうか、書かれたものを見るとよくわかります。

文を作る練習:p76のように、場面を見ながら、「~ないでください」の文を作ると楽しく練習できます。下の絵などは、下の吹き出しの中の理由の文をいろいろに変えながら作るのも楽しいでしょう。

れいの絵3

〇問診票の活動
病院へ行くと、最初に書かされるのがこの問診票です。文字に苦手意識のある人にとっても、文字練習のいいチャンスです。簡単な言葉をひらがなで書くだけでもいいので、病気の症状について書く練習をしてみましょう。

また、インターネットで「多言語医療問診票」を検索すると、各国語に翻訳された問診票をダウンロードすることができ、実際にはそれを持って病院へ行くこともできます。このような便利な生活情報も、ぜひ学習者に教えてあげましょう。

問診票

〇「病院のことば」とかいわ
p78の会話の前に「病院のことば」の囲みがあります。ここに書いてある言葉は、病院で使われるもののほんの一部です。支援者は手持ちの保険証や診察券などを見せながら、学習者からいろいろな話や質問を引き出してください。

病院での行動の順番や振る舞い方も、学習者には自国とは違う不安があるかもしれません。
会話
(1)は初診の受付の場面
(2)は診察室の場面です。診察室での「上だけ ぬいで」「よこに なってください」などの医者の言葉も意外に難しいものですが、絵を見るとよくわかるでしょう。
(3)は会計の場面ですが、薬局に処方箋を出してもらう場合だけでなく、薬を病院でもらう場合もあります。そのようなことも話題にして学習者と話すといいでしょう。

最後に
最近、「生活者としての外国人のための日本語教育」について盛んに言われています。日本で生活する上で、特に医療、災害や事故のときの日本語などは、命に係わる大切なものです。この教科書では全部のトピックを取り上げることはできませんでしたが、例文や「はなしましょう」「かつどう」、会話などで少しずつ触れています。もし見つけたら、ぜひ話題にして学習者と話し合ったり、その地域の情報などを教えてあげてください。

また、文法・文型の学習も大切です。この本では、学習者の負担をなるべく少なくするように、文法項目を絞って楽しく学習できるように工夫しました。生活場面やトピックを取り上げる中で、文法も合わせて教えられることが理想ではないでしょうか。「生活者としての日本語学習支援者」としてどんなことができるか、ご一緒に考えていきましょう。

私の授業 作文が苦手、書けない学習者への初中級の作文指導-『中級へ行こう 日本語の文型と表現59』を使って-

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特別連載 日本語教科書活用講座26 / 『中級へ行こう 日本語の文型と表現59』を使った授業

講師 川崎香織 東京語文学院日本語センター

私が教えている日本語学校では『中級へ行こう 日本語の文型と表現59』を使った授業の中で、作文指導にも力を入れています。
大学や専門学校に進学するのが目的であれば作文は必須で、作文が苦手、または書けない学生にはより丁寧な作文指導が必要だったからです。さらに入試では感想文程度ではなく、自分の意見や状況を論理的に説明するような作文を求められます。そこで『中級へ行こう』の課末の作文コーナーを利用し、作文指導をすることにしました。
この授業では、書く順番(全体の構成)の理解と、段落ごとにどんなことを書けば作文になるのかを知ること、短くても、関連のあるまとまった文章を書くことを目的としました。

各課の授業の流れは
① 文型導入
② トビラのページで課のテーマについて話す
③ 新しいことば表現の導入
④ 本文読み
⑤ QA
⑥ 作文

とほぼ教科書の内容の順番通りにすすめていきます。
最後に作文を書きますが、この作文の部分を丁寧に行っていきます。
教科書1冊(全10課)に使う時間はだいたい1課に6時間、全30回程度となります。

作文指導の授業は、以下のようにすすめました。
① トビラの話題や本文を踏まえて、テーマを確認する(第一段落)
② 第一段落と関連付けながら、教科書の指示や質問をヒントに意見を出し合う(第二段落)
③ 全体を踏まえて、テーマについての感想を考える(第三段落)
④ 実際に作文を書く。教師が個別にアドバイスをしながら書き進められるようにしました
  一回目の授業では原稿用紙の使い方も確認しました

課末の作文は教科書にある質問や指示をヒントに書くようになっていますが、作文が苦手な学生にとっては、これだけでは書き進めることができませんでした。

そこでこの教科書の各課のテーマについて、段落や書く順番を意識した多少細かい質問を作りました。以下は2課の例です。
★質問票の例:
2課 テーマ「災害」(地震、台風、洪水、大雨、大雪など)
  1)あなたの国には、どんな災害がありますか。
  2)あなたは、どうですか。
     ①災害を経験したことがありますか。
     ②どんな災害でしたか。どんな気持ちでしたか。
     ③災害のとき、どうしましたか。
     ④災害のあと、どうでしたか。
  3)災害について、どう思いますか。

教科書の2課は以下のようになっています。おそらく作文を苦手としない学習者は教科書にあるヒントで十分にまとまった文章が書けると思います。

クリックして拡大

上記、「質問票の例」のように質問票を全10課分作りました。
作文指導の授業では、初めに質問票を利用して書く順番(全体の構成)を確認し、段落ごとに口頭で意見を出し合うなどして書く内容を意識させました。この質問票のナンバリングが重要です。
2課の質問票の例をご覧ください。
1)2)3)は段落を表しています。
2課の例の場合、1)は第一段落となり、テーマの提示をすることになります。
2)は第二段落となり、自分のテーマに関する説明です。2)の①~④が書く内容のヒントになる質問です。できるだけ考える流れに沿うように並べました。
3)の第三段落は全体のまとめになっています。全体のまとめであることを意識させるとうまくいきました。

上記の指導をしない場合、初めに台風の話を書き、第三段落では洪水の感想を書くなど災害の羅列となることもありました。
課によっては学生に提示するテーマも工夫しました。例えば2課では「地震」の経験がない学生もおり、自国での災害につなげました。また6課「発明」では「わたしの国で発明されたもの」が作文のテーマとして提示されていますが、自国で発明されたものが思い当たらない学習者もおり、このときは「世界にある、すごいと思う発明」について書くようにしました。
 
学生は10回の作文を通して、各テーマについて考察し、一貫性のある文を書く経験を積み上げていきます。この段階では単純でやさしい内容です。しかし、出来の良し悪しはあっても、まずは、構成のある文章を「書けた」という経験を得ることが、学生にも教員にも大きな喜びだったように思います。

6課以降は日本留学試験を意識して四段落構成にしました。5課までに三段落構成で練習を重ねていたためか、四段落構成への移行はスムーズだったように思います。

今回のこの授業は、日本語を学ぶ学生たちにとってなにが大変で、教える教師は何をすべきなのかを見直す良い機会ともなりました。この作文指導が、近い将来彼ら学生にとっての成果になることを心から願い、授業も工夫し、見直しながら行っていきたいと思います。

ロールプレイをするときに大切にしている5つのポイント     -『みんなの日本語中級Ⅰ』第11課を例に-

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特別連載 日本語教科書活用講座27 / ロールプレイをするときに大切にしている5つのポイント-『みんなの日本語中級Ⅰ』第11課を例に-

講師 神恵介 中央情報専門学校 日本語本科

学習者に合った教科書選択
これまで当校は9割以上が中国からの留学生でしたが、ここ数年でそれが逆転し、今では9割以上が非漢字圏からの留学生となりました。
このような状況の中、テキストの見直しを行いました。中国の学生が中心だった時に使っていた、読解、記述中心の中級以降のテキストは非漢字圏の留学生にとっては漢字の壁ががあることを考慮し、非漢字圏の留学生にとってより適当で、漢字圏の留学生にとってもメリットがある教科書選択を目標に検討しました。

その結果、昨年度から正式に『みんなの日本語中級』を当校のメインテキストとして使うことに決めました。決定に至った一番大きな理由は、「話す・聞く」が全課にあり、その作りが非常に丁寧だということです。練習を重ねることによって会話のポイントから会話全体の流れまで身につけられるように作られているところが教科書採用の一番の決め手でした。他の理由は『翻訳・文法解説』があることや、『みんなの日本語初級』と同じ登場人物が出てくるので学生たちの抵抗が少ないことなどです。

実際に教科書を変えてみた結果、非漢字圏の学生たちは中級の勉強にも積極的に、楽しんで参加するようになりました。特に、この「楽しんで」というのは、読解中心の教科書をメインテキストとしていた時は、なかなか見られなかった光景です。

また、漢字圏の学生にとってもメリットはありました。漢字圏、特に中国の学生独特の硬い表現が、このテキストを使うことによって柔らかくなったような印象を受けます。実際、細かな言い回しなどもテキストにそって勉強できるのが良い、という意見もありました。

 みんなの日本語中級Ⅰの構成(『みんなの日本語 中級Ⅰ 教え方の手引き』より転載)

授業の全体像
学生は非漢字圏、なかでもベトナムとネパールの学生が中心のクラスです。
1日前後半の2コマ授業で、1コマは90分です。
メインテキストは『みんなの日本語中級』。

それ以外に10分~15分程度のシャドーイングや聴解を毎日少しずつ行ったり、JLPTの勉強も行います。漢字学習もしっかりと時間をとって行っています。
『みんなの日本語中級』での授業は非漢字圏学習者が多いこともあり「話す・聞く」の進度のほうが早くなります。「読む・書く」はかなり丁寧にやらないといけないので、どうしても遅くなります。その結果、『みんなの日本語中級Ⅱ』にはいるときには、先行していた「話す・聞く」が先にはじまり、「読む・書く」は後追いになります。

課毎の授業の流れ(「話す・聞く」)
1:語彙 
まず「話す・聞く」のところに出てくる語彙だけを学習します。それでも量が多いので、2コマに分けて行います。「読む・書く」で学習する語彙は漢字語彙が多く、「話す・聞く」の語彙と同時に導入すると負担が多いこともあるので、「話す・聞く」と「読む・書く」の語彙学習のタイミングはずらして行います。

1:語彙の授業
語彙の授業は『みんなの日本語中級Ⅰ翻訳・文法解説』を使いながら行っています。
予習を前提に授業を進めるためにも翻訳・文法解説を渡しています。が、なかなか全員が予習してくるのは難しいので、教える側としては予習をして来ない学生がいることを前提に授業に臨みます。

語彙の導入はできる限り絵カードを準備するようにしています。これは学生たちからもリクエストされていることです。筆者の場合は、無料画像などを利用した絵カードをパワーポイントで作成し、テレビモニターに写して、意味確認をしたり、クラス全体、または学習者個別にリピートさせたりします。テレビを使用するとカラーのものを簡単に見せられたり、動きのあるものも見せられるので学習者の興味を惹くにはうってつけです。


図1

授業で取り扱った語彙はプリントを配布し宿題にしています。

図1のようにシンプルなもので、学生自身が語彙、漢字、母語や英語での意味、短文などを自分で書くようなものです。
宿題は後日(2,3日後に)回収して確認します。やはり、提出する学生としない学生がいますが、このようなところで最終的な日本語力に差がつく印象です。
ちなみに、この宿題は『みんなの日本語初級Ⅰ』の時から行っています。

2:「文法・練習」
「文法・練習」は試験(JLPT)対策のこともあるので、語彙の授業の後に2コマ分を使い全部やります。導入し、意味確認、例文の読み、練習問題、とほぼ教科書通りにすべてを行います。

3:「話す・聞く」
「話す・聞く」も教科書通りに行います。
基本的には、「話す・聞く」の「1.やってみましょう」から順番に「7.チャレンジしましょう」まで教科書の通りに進めていきます。教科書の通りに進めていくことによって、一通りの会話の流れをつかみ、会話練習もできるのがこの教科書の特徴であり良いところなので、ここは順番を変えたりはしません。
ただし、筆者が考える大切なポイントがあります。それは、「話す・聞く」にはいる前に、一度各課の頭に戻って「その課の目標」をみんなで確認するということです。

ここで一度、みんなで確認することによって向かうべき方向性を共有すると、その後の授業展開がしやすくなります。課の目標が、細かすぎないのもいいですね。

4:「話す・聞く」の「7.チャレンジしましょう」
最後に「話す・聞く」の「7.チャレンジしましょう」では、シナリオプレイやロールプレイを行います。

「話す・聞く」のシナリオプレイ・ロールプレイについて
1:授業の進め方
今回は11課のシナリオプレイ、ロールプレイを例にとってお話します。
いきなりロールプレイなどをするのは難しいので、まずは各パートの練習を行います。
11課の「話す・聞く」のポイントは「提案する」「提案を受け入れる」ことですから、練習は提案するほうの練習と、一回提案を受け入れてから意見を言う練習に分けて行います。
筆者が自作したプリントをご覧ください。

まずは「会話の流れを思い出そう」のところで、もう一度、課の課題を確認し、それからみんなで会話の流れを再確認します。ここまでは既に前日までの授業でやっているのですが、今回の目標は自分たちで会話を作ることなので、必ず会話の流れは頭に入れてもらいます。

それから、「練習する」のプリントの使い方を説明します。全体の会話の前半部分(プリントの練習1)は相談する人が「提案」をする部分です。ここは初級の復習のようなかたちですので、難易度は低いはずです。
そして、会話の後半部分(プリントの練習2)は提案を一度受け入れてアドバイスや提案を行うところです。提案に対して、YES、NOだけではなく自分の考えを言う形になるので、難易度が上がっており、この課のいちばん大事な部分になります。ですから、ここの部分は事前に「大切な部分だよ!」と特にわかりやすく伝えます。

そして、説明の最後にこのロールプレイを行うときの注意点を学生たちに伝えます。プリントの1ページ目の下部分ですね。ここは、課によって多少変えます。

ここまでの説明が終わったらペアでプリントの課題「練習1」「練習2」に取り組ませます。時間を取り、できるだけペアの2人(場合によっては3人)で話しあわせて会話を作り、書かせます。その間、教師は各ペアをまわって手直しをしたり、ヒントを出したり、できたペアは少し声出しをしてもらったりしながら完成を手伝います。だいたいのペアが完成したら、各ペアに書いたものを発表してもらいます。

2:ロールプレイを行う際の注意点について
各注意点を設定した意図を簡単にご説明します。

1.だれと だれが 話しているか よく考えよう。

2.相手によって 話し方を 変えよう。
→実際の会話では話している相手によって適切な表現や言葉を選ぶことがとても大切なのに、教室で練習すると、どうしても普通系で話してしまう留学生が多い。折角の練習の機会だから、状況に応じた話し方を身につけさせたい。

3.やわらかい言い方、文法を使ってみよう。
→この課のように「提案」を取り扱う場合は、「はい」「いいえ」をはっきりと言わないケースが多いし、この課の練習のスタイルもそうなので、特に意識して指導する。

4.話しはじめ と 話し終わり を 大切にしよう。
→せっかく中級になったんだから、自然な会話を目指させたい。初級だと、どうしても唐突な話し始めや、ブツッと切れたような会話の終わり方があってもしょうがないが、中級ではそれをなくしたい。

5.今までに習った文法、表現を 使おう。
→この課で習ったことはもちろん使ってほしいところだが、それにとらわれすぎるのは良くない。学生自身が身に付けてきた語彙、文法、表現も自由に使ってその課の目標達成を一緒に目指したい。

6.「はい」「いいえ」「すみません」「ちょっと」だけで終わりにしない。
→中級では会話を続かせて、会話を楽しむことができるようになってほしいので、できるだけ長く続くように促す。
また、YES、NOで答えたほうが、話が早い、または、長く話さなくて済むと考える留学生もいるが、そういった学習者にこそ、ここでは自分の気持ちや意見を入れた会話を作らせたい。

「話す・聞く」のシナリオプレイ・ロールプレイの.練習方法と評価
1.練習、発表方法
「練習1,2」が終わったら、いよいよ「練習3 自分で考えよう」です。ここでは、会話文を台本のように書かせることはせず、メモ程度の内容にとどめて書かせます。教師も、「練習1,2」では丁寧に会話文を作らせたのとは違い、学生には出来る限り会話の流れを頭に入れるように指導します。

そして、発表は出来る限り書いたものは見ないでしてもらいたいですが、発表してもらうことが目標なので無理強いはしません。

発表はペアごとに行い、できればスマートフォンなどで撮影をしておきます。

2.評価
発表の評価は、会話の流れを大切にしているか、この課の目標である「提案」ができているか、各注意点を守れているかを重点的に見ます。以上のことが達成できていれば、暗記したかどうかには重点を置きません。なぜなら、たしかにメモを見ないでやり切ることも大切ですが、実生活で練習とまったく同じ場面に遭遇することはほとんどないからです。ですから、会話の流れや表現を大切にして、現実にも対応できる力をつけてもらいたいと思っております。

フィードバックは、発表の時に撮っておいたスマートフォンの映像をテレビモニターにつなげて行います。
この方法だと、発表が終わった瞬間に映像を出してフィードバックが行えるので学習者も教師も効果的な振り返りが行えます。

「テーマを活かしてフリーマーケットを実際にやってみた」

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特別連載 日本語教科書活用講座28 / 『中級へ行こう』を使った活動(プロジェクトワーク)

講師 徳森 柚子 日本語教師

〇日本語で積極的に発信できるように
私が日本語を教えている日本語学校では、初級レベルでは基礎文法の定着と4技能(読む・聞く・書く・話す)を身につけるため、教材は『みんなの日本語初級Ⅰ,Ⅱ』を使用し、その後の初中級レベルではメイン教材として『中級へ行こう 日本語の表現と文型59』(以下、『中級へ行こう』)を使用しています。

以前の中国人学習者が大半だったころに比べ、非漢字圏の学習者が増えている今、初中級レベルの学習が中級以降の学習に大きく影響すると考え、当校では『中級へいこう』のテーマを活かした活動や作文などを通して、中級以降の文法学習への足掛かりを作るとともに、積極的に自分の考えを日本語で発信できるようになることを初中級レベルの目標にしています。

〇テーマを活かした各課の活動
当校では、各課の文型や本文を平均6コマ(1日45分×2コマ×3日)学習した後、各課のテーマによって活動をしています。今年度は全10課のうち、6つの課で活動を行いました。各課の活動は以下の通りです。

第1課  「ファストフード」…作文
第2課  「地震」     …地震への備えについてグループ発表
第5課  「睡眠」     …作文
第7課  「リサイクルとフリーマーケット」…フリーマーケットを実際に開催する
                       清掃工場の見学
第8課  「あいづち」   …母国との習慣の違いについてのスピーチ大会
第10課  「ことばの使い方」…日本人の言葉の使い方で気になったことのスピーチ

学生達がそれぞれ国や日本で経験・体験したことがあるような身近なトピックの課では作文やスピーチ発表を、反対に、トピックに対しての予備知識があまりなく、クラスやグループ皆で知恵を絞り、意見を出し合えるような課では少し多めに時間をかけた活動をして、達成感やクラスの団結を図りました。

本来であればすべての課で活動をしたいところですが、作文は1.5日、グループ発表やフリーマーケットなどは、実際やらせるとなると準備から実施まで3,4日以上かかってしまうので、活動をしない課で時間を調整し、だいたい4か月程度で1冊(10課)を終わらせます。

〇フリーマーケットの開催
当校では、今年(2015年)、9月18日にフリーマーケットを開催しました。そのタイミングに合わせ、『中級へ行こう』第7課(フリーマーケット)を、開催日の1か月ほど前に学習しました。

7課の冒頭「話しましょう」のところでフリーマーケットについて話し合う箇所があり、学生たちには、実際に1か月後に校内でフリーマーケットを開催することを告知し、どんな準備が必要か考えさせ、学生一人一人の役割分担を決めました。

分担としては、店長、会計、物品管理、お釣り集め、宣伝ポスター、値段決め、教室レイアウトなど、各担当2名ずつで、店長には週2回程度、準備の進度報告をさせました。
1か月前に告知はしたものの、授業時間内での準備時間は開催日前日の2コマだけしか取っていなかったので、休み時間や授業後にリーダーを中心に話し合いをしている光景をよく見ることができました。
当日は2クラスがフリーマーケットを開催し、他クラスの学生達や職員相手に販売したり、もう一方のクラスに客として買いに行ったりと、大盛況に終わりました。

〇フリーマーケットの効果
今回のフリーマーケットでは準備の段階から販売終了まで母語を禁止にしていたので、彼らも初級から今まで学習した日本語を総動員して活動していました。

例えば、売り物の中に歯間掃除用の「デンタルフロス」があり、客側の学生に「これは何ですか」と聞かれた際には、「これは歯を掃除するのに使います」と答えていました。これはみんなの日本語42課の文型で、理解はしているもののなかなか使う機会が無かったであろうと思います。この文型を使っているのを聞いて、思わず胸が熱くなりました。

フリーマーケットも終盤に差し掛かった頃、会場では、物品を売り切るための「まとめ売り」が始まった時には、こんなやりとりもありました。ある店側の学生が数枚の服を並べ、「全部100円。とても安い」と言いました。その学生が本来伝えたかったのは「全部で100円」でしたが、それを聞いた客側の学生に「安くない」と言われたので、店側の学生は少し考え、その数枚の服をまとめて袋に入れ、「100円です。安いでしょう?」と言っていました。今度はうまく伝わったようで、客側の学生は100円を払って行きました。

私は一連のやり取りを近くで見ていて、学生が自分の日本語の間違いに気づき、且つその問題に別の方法でアプローチし、見事解決していたことにとても驚きました。学生が間違えると教師はすぐに訂正したくなってしまうものですが、時にはこちらが何もせず見守るだけでも、学生の「伝えたい」という気持ちが、自身で問題解決していく力を引き出せるのだと痛感しました。

フリーマーケット終了後の感想では、「日本語の単語がわからなくても、例をたくさん出せば伝わった」「私たちはお店でもアルバイトができるかもしれない」と、自分の意見や考えが相手に伝わった喜びと、伝えることができたという達成感や自信を感じられました。
今までは自分の日本語力に対しての自信のなさから、工場や倉庫など日本語を使わないアルバイトを選んでいた学生たちも、これをきっかけに積極的に日本語で交流し、活躍の場を広げていってくれればと願っています。

外国につながりのある子どもたちへの日本語初期指導

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特別連載 日本語教科書活用講座29 /『こどものにほんご』『絵でわかるかんたんかんじ』の使用例

NPO法人日本ペルー共生協会 矢沢悦子

私は長年、主に留学生を対象に日本語教育に関わってきましたが、20年目にNPO法人日本ペルー共生協会(以下AJAPE(アハペ))から子どもに日本語を教えてみないかと誘われ、子どもたちの日本語指導に取り組むことになりました。

AJAPEは文部科学省の「定住外国人の子どもの就学支援事業(虹の架け橋事業)」に応募し、採択されて、2009年11月に神奈川県大和市で教室を開くことになりました。
「虹の架け橋事業」は外国につながりのある子どもたちへの日本語等の指導、学習習慣の確保、公立学校への円滑な転入を目的とし、2014年度末まで続けられました。ここでご紹介するのは、大和市の架け橋教室で小学生の日本語初期指導のために選んだテキストとその使い方です。

○虹の架け橋教室について
教室には、スペイン語、ポルトガル語、フィリピノ語、ベトナム語、中国語などを母語とし、来日したばかり、あるいは日本にいるけれど日本語ができない子どもたちがおり、母語と日本語で生活できるけれど学校での授業についていけず架け橋教室にやってくる子どもたちもいました。入室するときは、保護者と子どもとの面談、日本語のレベルチェックを行いました。子どもたちの日本語レベルはもちろん、架け橋教室への入室時期、一日の在室時間、通ってくる曜日、在室期間、退室時期はさまざまです。年度を追うにつれ、来日して間もない日本語ゼロの小学生が増えました。

指導スタッフは、日本語教師、日本語教師養成講座修了生、スペイン語や中国語と日本語のバイリンガル話者などで、子どもへの日本語指導は初めて、身近なのは文型積み上げ(構造シラバス)の指導法という人々でした。

教室は賃貸アパートの一室でした。机、椅子、ホワイトボードなどを入れて教室として使いました。時には一部屋にコーナーを3つ作り、それぞれのコーナーで授業を進めたこともありました。
 

○テキスト選び、「学習項目一覧」の作成
入室する子どもたち、指導スタッフ、教室のことがあらかた分かってからテキスト選びを始め、『こどものにほんご』と『絵でわかるかんたんかんじ』に決めました。選んだ理由は、子どもにとって学びやすい、読み書きにつながる、日本の行事や学校の習慣・様子が分かる、指導スタッフには教えやすいと考えたからです。『こどものにほんご』は、日本の公立小学校に転入した小学5年生のブラジル人の男の子が学校の行事を通して、日本の生活に慣れていくという設定で、構造シラバスを基本としています。『絵でわかるかんたんかんじ』には子どもの好きなクイズがあり、既習漢字の出てくる短文もあります。

子どもへの指導で注意したのは、日本語初期指導を小学校の教科学習につなげるようにすることでした。また、子どもの学習や言動で何か気になることがあった場合は、その子どもの学習履歴、入室するまでの生育の様子などをも考慮に入れ、スタッフ間で話し合うようにしていました。

上記のテキストには「指導の手引き」があり、授業の進め方は「指導の手引き」を参考に指導スタッフに一任していました。ほどなくスタッフ間の調整が必要なことが分かりました。『こどものにほんご』は、課によって新出語彙に多少があり、小学校低学年には難しい語彙や文型のある課もあります。指導スタッフによって、学習項目(ことば、文型・表現、表記)の取り扱いが違っていることが分かったのです。そこで、テキスト『こどもににほんご1』『〃2』の全課、巻末の「ことば」、各巻の「指導の手引き」を基に、課ごとに項目数を調整し、表記(ひらがな・カタカナ・漢字)学習やサバイバル日本語を入れた「学習項目一覧」を作成しました。

学習項目一覧 ※クリックして拡大

この一覧は参考資料であり、子どもによって調整が必要です。入学前に来日し、1年生の4月から始める子どももいれば、高学年の2、3学期に来日し架け橋教室に通い始める子どももいるからです。日本語ゼロで始めた場合、子どもによっては『こどものにほんご1』から『こどものにほんご2』に進まず、国語の教科書を使って指導することもあります。高学年であっても低学年の国語教科書から始め、『こどものにほんご2』にあることばや文型をおさえて指導していくよう気をつけました。

漢字学習は小中学生、低高学年を問わず『絵でわかるかんたんかんじ 80』(小1の学習漢字)から始めました。『こどものにほんご1』6課で「じかんわり」が取り上げられており、教科名が新出語彙として出てきます。ここではひらがなでの導入ですが、学校の教科書が漢字で書かれている場合(例えば、東京書籍の小2の算数は表紙に「新しい算数」とある)は漢字もあわせ導入しました。「さんすう」と聞いて「算数」の教科書が取り出せるようにするためです。子どもの学齢にもよりますが、在籍校の漢字学習を考慮に入れながら進めていました。

○学習項目一覧と実際の授業
第1回目の授業の学習目標は「自己紹介ができる」「50音が言える」「自分の名前が読める/名前カードが選べる」です。サバイバル日本語として、1回目に身体部位と「トイレ」を、2回目に「痛い」「水、飲みたい」を教えます。全て日本語で指導します。ひらがな学習はなぞり練習をしながら「言える」から「読める」に移り、『こどものにほんご1』の3課が終わるまでに、読み書きができるようにします。それまでテキストは使わなくても学習項目としての文型は覚えていき、カタカナは分からなくてもバナナ、ジュースは絵や写真を見て言えるようになります。ひらがなが読めるようになったら国語や算数の教科書を音読させるようにしていました。初めての音読が終わって笑顔になった子どもたちの顔は印象的でした。

4課①では、新出語彙として「い形容詞」が多く出てきますが、4課まで進む前に、「あまい」「からい」を2課②に出てくる「さとう」「しお」と一緒に、「すっぱい」「おいしい」「おいしくない」は3課①に出てくる果物のところで、「あつい」「つめたい」は3課②の飲み物のところで出すよう、「学習項目一覧」に載せました。

学習項目一覧 4課の例 ※クリックして拡大

例として4課①の「い形容詞」をどう教えていくかご紹介します。
机の上にレアリアがどっさりあると、子どもたちの目の輝きが違います。ハサミ、鉛筆、本、缶をそれぞれ2種用意します。「これは何(ですか)?」から始め、ハサミで「大きい」「小さい」を、鉛筆で「長い」「短い」を、本で「新しい」「古い」を、教えていきます。教室の中のものを「せんせい、あれ、おおきい」などと言えるように練習します。

練習しながらも子どもは「せんせい、これ、なに」と机上の缶に興味津々です。指導スタッフが自分の右手を出しながら、子どもに「右手を出して。こっちの手です。右手を出して」と言い、その手に缶を乗せます。次いで、「じゃ、左手。左手を出して」。もう一つの缶を乗せると、子どもは「?!」という顔になります。外観が同じ缶に中身で軽重をつけているからです。どちらを先にしても一様に「?!」という顔になっていました。

「よい/いい」「わるい」は、指導スタッフ自ら机の上に足をあげるなどして導入します。口頭練習のあと、テキストのイラストを見て、マス目のノートに「このやまは たかいです」など書かせるようにしていました。

この課だけではありませんが、指導するとき「今日分かって使えるようにならなくても明日がある、次回がある」と指導が詰め込みにならないように心がけ、「単語を覚えるだけでなく文で使えるようにする」ことを忘れないようにしていました。また、子どもによって、習得のペースに違いがあります。低学年の場合は、「桃太郎」のメロディーに「♪あいうえお、かきくけこ、…あかさたな、はまやらわ、ん」と50音をつけた歌を一緒に歌っていました。この歌でひらがなの読み書きが早く出来るようになった子どもがいる一方で、どうしても覚えられない子どももいました。そんな場合は、歌は無理強いせず他の方法を探しました。好きなアニメに出てくる女の子たちの名前をひらがなで覚えていった子ども、大好きな虫の名前でカタカナを覚えた子どもがいましたし、漢字学習が始まったころにやっとひらがなができるようになった子どももいました。焦らず、子どもの持っているものを探し伸ばしていくのが結局近道なのだと今では分かるようになりました。

テキストを使って指導する場合、教え始める前にどのようなテキストであれ、最初にある「はじめに」「まえがき」から巻末の索引まで読んでみておくと、学習者が学びやすく指導者が教えやすくなります。「テキスト分析」となると面倒に思えますが、『こどものにほんご』の場合、自分の時代と今の小学校の様子の類似点、相違点が見えてくる楽しみもあります。

おわりに
外国につながる子どもたちの日本語学習を、「子どもだからすぐ覚える」「日本(学校)にいれば出来るようになる」と考える人がいます。2,3ヶ月でペラペラしゃべる子どもを見て、こう考えるのも無理はありません。しかし、日常的な意志疎通で困ることがなくても、学校での教科学習を理解し、学習についていける日本語力はなかなか身につけられません。これまで出会った子どもたちの多くは、「自信を持つ」、「日本語で自分の気持ちを伝える」、「授業を理解した上で次の学年に進む」ことがなかなか難しいようでした。

一人でも多くの人が、外国につながる子どもたちに目を向け、子ども一人ひとりが自立できるように指導、支援する、隣人として見守る、そんな社会を願っています。

授業準備が学習者のフォローアップにつながる ~教案作りの前に~

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特別連載 日本語教科書活用講座30 /授業準備が学習者のフォローアップにつながる ~教案作りの前に~

東京HOPE日本語国際学院 教務主任 渡邊一彦

●教案作成の前に行うこと
『みんなの日本語初級』は学習者だけでなく教員にとっても親切な教科書だと言えます。『翻訳・文法解説』を始め多様な副教材は教員の手助けとなっています。

教師は授業に臨む際、準備として教案を作成すると思いますが、その教案の作成にあたっては『本冊』巻末の「学習項目一覧」(図1)、「索引」を有効に活用することが大切です。

まず「索引」から各課で提出されている語彙や表現を拾い出し品詞ごとに分類した語彙表を作成します。既習語彙の確認と導入漏れを防ぐためにも有用なものかと思います。

そして「学習項目一覧」に基づき、文型ひとつごとに行う練習内容を提出順にした表(表1)を作成します。表1は『みんなの日本語初級Ⅰ第2版本冊』巻末の「学習項目一覧」をもとに、第1課の文型1に対して行う練習と、同様に『〃本冊』巻末の「索引」より拾い出した、文型1の練習で利用する語彙を授業で行う順番通りに並べたものです。

「学習項目一覧」は授業全体の構成を考える際の基本となるものですから、ここで示されている各課の学習の流れを参考に、語彙表を確認しながら練習A・B・Cを中心にそれらを補うドリルなど具体的な練習内容を準備し、各学習項目で行うべき練習を明確にしておくのです。

複数の教員が1クラスを担当することが一般的な学習機関では、「学習項目一覧」「索引」を活用した準備を行うことで授業の進め方や引き継ぎについて教員間の情報共有に役立てることができるでしょう。

図1『本冊』学習項目一覧
表1 第1課練習内容一覧

●教案作成の目的
教案作成というと文型・文法の意味や用法を調べることにかなりの時間を費やすかもしれません。教員が知識を身につけることはもちろん重要ですが、担当クラスのその時の状況に合わせて文型の提出順序や練習ドリルの組み合わせを変えたり、導入方法を複数準備したりするなどして指導内容を組み立てていく、この作業こそが教案作成の際に工夫すべきことではないかと思います。

例えば、13課文型3「わたしは (場所)へ (V)に 行きます」が担当部分だとします。その場合、前の日(前回の授業)に学習した文型2「(V)たいです」の復習を経たうえでその日の導入につなげていく方法が考えられます。

T「きょうは暑いですね」「わたしは冷たいジュースを飲みたいです」
T「わたしは喫茶店へ行きます」「喫茶店でジュースを飲みます」
 →「わたしは喫茶店へジュースを飲みに行きます」

まず前回の復習を行ってからその日の学習項目を進めるというのが学習機関によっては約束事となっているかもしれませんが、別の方法が効果的ということも考えられます。

上記の文型の導入を月曜日に行うとしたら、教室に入ってからの学習者とのやりとりは、まず前日、前々日の週末の過ごし方を問うことから始まるでしょう。

T「わたしは日曜日図書館へ行きました」「図書館で本を読みました」
→「わたしは日曜日図書館へ本を読みに行きました」

というように新しい文型の学習に導いていく方法も考えられると思います。そして文型3の導入、練習をある程度進めたのちに、

S「わたしはレストランへすしを食べに行きました」
T「おいしかったですか」
S「はい、おいしかったです」
T「そうですか。わたしもすしを食べたいです」

というように文型2「(V)たいです」の復習に持っていけるように授業の構成を考える、それが教案作りだと考えています。

教案は、クラスや学習者の状況(例えば、進級できずに2度目の履修であるなど)を考慮に入れた導入方法と練習内容の組み合わせ、さらには時間配分を加味した上で作成するものであり、表1のように事前に練習内容を準備しておくことで文型の提出順序を入れ替えたりするなど応用が可能となります。そのためには自身の担当部分だけでなく前後の学習内容も理解しておくことが重要です。

また授業準備の一環として補助教材を自作する場合、フォントを明朝体(例:「」)ではなく教科書体(例:「」)に統一したり、ルビを振る場合には文字の上下どちらにするかなど、些細なことですが学習の妨げになり得ることはできるだけ避けるよう配慮が必要です。

●授業後に留意すること
学習内容にもよりますが、すべての学習者が前日の学習内容をすべて身につけている、復習など必要ないということは稀です。13課文型3の例でいえば、「わたしは図書館本を読みに行きます」という誤用が出るかもしれませんし、「読み」という形を正確に言えないかもしれません。

その際行うべきフォローについては、事前に作成した表1の準備のうち実際に行った、または行わなかった内容を振り返ることにより、授業後の問題点や課題の確認に役立てることができ復習すべき内容を把握することができます。

学習内容の定着度については前述の教案や表1によって授業中に行った導入・練習の効果の確認が可能となり、学習者の理解を促すためにどのようなフォローを行えばよいのか検討する際の叩き台となるでしょう。『本冊』巻末資料などを大いに活用し、“教案作り”に備えていきたいと考えています。

※お使いの機器、ブラウザによって文中のフォントが一部正しく表示されない場合があります。

『日本語 読み書きのたね』を使って「大変」を「楽しい」に!

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特別連載 日本語教科書活用講座31 /『日本語 読み書きのたね』を使って「大変」を「楽しい」に!

東京三立学院 竹野 藍

●はじめに
初級を終えた学習者が、次のレベルに進む際、読み書きに抵抗感を示すことがあります。そのため、読解や作文の授業は、学習者も教師も「大変だ」と思いがちな分野ではないでしょうか。

背景には、漢字の読み書き力、語彙量、文法知識の不足もありますが、私自身は、読み書きを「楽しむ」ことができていないことが根本的な課題なのではないかと感じていました。各種試験対策における速読力とは異なり、主教材として扱う読み書きは、「楽しむ」ことができなければ、苦手意識が続いてしまうと思っていました。『日本語 読み書きのたね』は日本で暮らす生活者の視点で書かれた非常に身近な話題を扱っており、進学を目指す留学生でも取り組みやすいのではないかと、使用を決めました。

●対象クラス
クラス(19名)全員が非漢字圏学習者。初級修了レベル。

●学習の準備
第1回目の授業の際、別冊「新しいことば」(英・中訳付き)を確認し、新出語彙表の使い方を説明。
ベトナム人学習者にはウェブサイトよりダウンロードしたベトナム語訳を配布。
また、16~17ページの「このテキストに出てくる人たち」の使い方を説明。

●授業の進め方(進度:50分1コマで2つの「読みましょう」を扱う)
担当教師は、別冊「活動の手引き」に必ず目を通し、質問例や発展例を参考にすることで、学習者の発言や気づきを促す活発な「読み」を目指しました。

1回目の読みは頭から教師が音読します。すぐに内容確認の「しつもん」を口頭で確認し、文章の大意はとってしまいます。

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内容確認の質問(『日本語 読み書きのたね p24)※クリックして拡大

初回の授業では、答えを出すことが目的の授業ではないことを伝えました。

続く2回目の読みで、語彙や文章構成の確認をしながら読み込みます。その際、

 ①「文章から気持ちを読み取ること」
 ②「極力、学習者間でのやり取りを心掛けること」

を大切にしました。文章は基本的に筆者の気持ちや考えがまとまったものであると感じてもらい、自分の思いを積極的に発言することで、学習者の気持ちが文章に入っていき、文章内容の深い理解につながることをねらいとしました。

「書きましょう」は、授業内で、下線部の穴埋めや構成メモまでを扱い、実際に書く作業は宿題としました。そして、別枠で実施している週2回のスピーチの授業で作文の発表を行いました。学習者は、これまでの授業で扱った「書きましょう」の中から、好きなものを選びます。スピーチの前に添削は行いません。整った形での発表よりも、学習者が自分の想いを自由にアウトプットすることを目的としました。

スピーチ授業終了後、全員から作文を回収し、簡単な添削を行いました。この際、誤りを指摘するのではなく、学習者が自らの体験を書いたり、想いを書いている部分を積極的に評価することとしました。(当校ではこの授業とは別に「作文」の授業も行っています。)

実際の発表では、例えば、ユニット9「読みましょう3」の自分の作った料理について書く活動では、アルバイト先の居酒屋で担当している料理の作り方について自慢げに発表をした学習者に対し、別の学習者から、「(自分は同じチェーン店の別店舗で働いているが)その作り方は順番が違います!ちゃんとマニュアル読んでください!○○を先に入れなきゃダメです!」と手厳しいコメントが入り、教室中が大爆笑となりました。発表し、反応が返ってくることで達成感が得られていたようです。

●教師も学習者も「楽しい」授業を
『日本語 読み書きのたね』を使った授業を通して、学習者に「笑顔」が増えました。テキストの後半に進む頃には、オチを楽しんでおり、発言も格段に増えました。プロフィールを埋めることで、登場人物に愛着が生まれている学習者もいました。

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プロフィールを書き込みましょう(『日本語 読み書きのたね p16)※クリックして拡大

「飼っていたペット」(ユニット6)「自分がもらったうれしいメール」(ユニット14)の「書きましょう」を使った発表では、発表者が感極まって涙し、クラス全体がもらい泣きをするという感情の共有が生まれました。読み書きというものが、人の感情と密接に結びついており、楽しめるものだということを教師も学習者も体感できたと感じています。

これまで、地域の日本語教室向けの教材は、日本語学校の進学コースでは扱いにくいイメージがありました。しかし、このテキストは、語彙や文型の予習を促すことができ、各ユニットの「読みましょう3」は、段落を意識して読ませる仕組みになっています。
初級を終え、各種試験や進学に向けた読解、作文能力育成への移行を困難に感じることの多い非漢字圏学習者にとっては、まずは日本語を使って楽しむという語学習得の原点に立つことで、その後の学習のモチベーションや姿勢に良い影響があるのではないかと思います。

学習者、教師の「大変」を「楽しい」に変えるためのヒントがたくさん詰まった教材だと感じました。

『日本語 読み書きのたね』の書誌情報はこちら


『みんなの日本語初級 第2版 会話DVD』の活用-会話の授業とDVD-

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特別連載 日本語教科書活用講座32 /『みんなの日本語初級 第2版 会話DVD』の活用-会話の授業とDVD-

JET日本語学校 主任教諭 山口閑子

『みんなの日本語初級第2版』の会話部分がDVDとして発行されました。
今までのDVDと基本的な会話の流れは変わりませんが、俳優が変わり、細かな部分の映像(公衆電話の場面や駅、電車の中の様子など)が変わったことにより、より実践的な「会話練習」が可能となったように思います。以前のものでは、着ている服を見るだけで一昔前のように感じ、「古いねえ・・・」と学生たちの間でも言われていました。

そこで、当校でのDVDの利用方法を紹介するとともに、さらなる活用方法について検討してみたいと思います。

当校ではDVDを、学習している課の最後に「会話」のところで利用しています。1課の進め方は、語彙、文型の導入、例文で確認、練習ABCで口頭練習と「書き」の練習。次に『クラス活動集101』などを使用してのコミュニカティブな練習。
その後に「会話」へと進みます。

DVDは常に全課で使用するわけではありませんが、場面を映像で見せることは会話練習において非常に効果的だと考えています。
例えば、会社の中の人間関係(ミラーさんと上司の関係、ミラーさんと管理人さんの関係)や言語以外の日本人のしぐさ(初対面の人とは握手しない、くつをそろえる)などを見ることができるのは、映像の大きな効果だと考えます。
特に最近増えている非漢字圏の学習者にとっては、膨大な漢字があるテキストから離れ、映像によって目と耳を使い、感覚的に日本語をとらえることができるのは、少し息の抜ける楽しい時間になっているように思います。

以下にDVD活用の一例をあげます。

①テキストは見ないで映像で場面を見せます。
 このとき会話部分の語彙導入は会話の流れを理解できるための最低限にしています。
②1~2回映像を見せた後、大まかな流れ、内容を教師の質問によって確認。
③テキストを見て細かい部分まで確認する。(重要な語彙や表現、文型の再確認)
④DVDの音声のあとについて、または、教師について音読練習。
⑤ペアを作るなどして学習者同士で音読練習。
⑥短い会話であれば暗記して発表。または会話のアレンジを作らせて発表。

すべての課でDVDを使っているわけではなく、学習している課によっては、CDを使用したり、教師が自ら演じてみたり、最終的にはDVDでアフレコを行ったりして、日本人の会話の息づかい、テンポなどを理解させ、学習者を飽きさせない工夫をしています。

発表の時に大事なことは、「大きな声で発表させる」「上手なアレンジについては他の学習者にも練習させる」「おもしろいアレンジも歓迎する」「行き過ぎたアレンジになり、未習の表現ばかり使いたがる学習者もいるため、注意が必要」ということです。
そして、何よりも教師自身が演じることを恥ずかしがることなく、楽しむことが大切だと考えます。これにより、クラスの雰囲気もよくなり、ここで覚えた文型や語彙、表現を日常でも使うようになります。

「会話」を楽しむためには、その課の学習項目をしっかりと理解している必要があります。導入時に使用場面のイメージを沸かせ、それを実践練習できるのが「会話」の部分になります。
「会話」に至るまでの繰り返し練習や、代入練習は単純でつまらないと感じることもありますが、これをしっかりとやることによって、楽しい「会話」の成功へとつながると思います。

当校での学習者のお気に入りは「初版」では「ほんの気持ちです」でした。「第2版」では、第8課の「そろそろ失礼します」や第13課の「別々にお願いします」などが印象深いようです。
また、第19課のダイエット話や第33課の駐車違反罰金の話では、学習者各自の国のことまで話が広がり、学習者同士の距離がぐっと近づきます。

今後のDVDの活用法としてもっと考えていきたいこととしては、2つあります。

ひとつは、この会話を利用して、できるだけ「細かい設定」をせずに自由なロールプレイを成立させられるように仕向けることです。このためには、練習のための練習にならないような配慮が必要です。
さらに、会話のはじまりや終わりが唐突すぎないようにするなど、いくつかのルールが必要になると考えています。

ふたつ目は、上述の第19課や第33課のように「会話」の内容を元にして、クラスで様々な意見交換ができるようにすることです。これは、初級レベルから中級レベルへつながる会話の活動と考えます。

最後に、私が考える学習者の初級の会話レベルと、レベルに応じた会話のクラスについて述べます。初級レベルの会話の中でもいくつかの段階があると思います。
第一段階としては『みんなの日本語初級』の第6課あたりまでです。まだ動詞も少なく、会話らしいことはできません。
しかし、教師の工夫次第で会話の楽しさを感じさせることはできると思います。この段階では「会話を楽しむこと」を教えます。

第2課の例 第2課の「会話」の流れと表現を利用
(ピンポン/とんとん)
A:はい。どなたですか。
B:○○クラスの△△です。
A:こんにちは。
B:こんにちは。これから よろしくお願いします。
  あのう、これは、□□です。どうぞ。
  (□□は教師が指定するか、ヒントを与える。もしくは学習者が自分で決める)
A:いえいえ。(困って、もらえないふりをする)
B:いえ、どうぞ。どうぞ。
A:え、そうですか。じゃ、ありがとうございます。

次の段階は動詞(第6課)と「て形」(第14課)が導入されたあたりです。語彙がぐっと増えて、言いたいことがかなり言えるようになってきます。
ナ形容詞(第8課、第9課)や希望表現(第13課)もあり、学習者の個人的な生活や考えについて話せるようになってきます。
クラス授業では、このあたりから異国間の学習者同士で日本語の会話が増えてきます。(多国籍のほうがおもしろいことが多い)

『みんなの日本語初級Ⅰ』が終わるころには、既習語彙、文型については、かなりの部分で受け答えができるようになってきます。
日本の生活にも慣れ、日本人の発話スピードや発音にも慣れて、もっともっと話したいと思うようになるころだと思います。

『みんなの日本語初級Ⅱ』に入ってくると抽象的な語彙、細かなニュアンスを伝える文型、表現も増え、それらを使うことは、そこで学習している課のみで精いっぱいというところです。
既習項目として、課をまたいで文型を使いこなすことが難しくなってきます。課ごとには理解していても、課を超えての発話がなかなかできません。
これらを使う練習は、初級が終わり、次のステップでの練習項目となっているのが現状です。

初級の終わりの段階としては、学習した項目については、かなり流暢に答えられるようになります。
ただし、学習した項目であってもちょっと質問の方法をかえたり、少し深い内容を聞いていくと、言い淀んでしまうことがあります。
最近感じていることは、この原因は、「日本語力」だけの問題ではないようにも思います。
少し深い内容の質問をしたときに「わかりません」という答えが多いのです。これは、彼ら学習者が、これまであまり深く考える機会に出会わなかったのではないかと感じています。

例えば「自国の社会問題」に答えられない学習者がいます。
さらには、初級で言えば「ミラーさんの夢」を聞いたあとで「自分の夢」について聞いても話せない学習者がいます。
我々は語学を教えていると思いがちですが、学習者に「考える」ということや「人間力を磨く」ということも伝えなくてはいけないのではないかと思い始めています。

以上となりますが、DVDの使用方法について、最後に一つオススメの利用法です。
通常は1課ごとに見せていますが、関連する部分がある場合は何課か続けて見せたり、学期の終わりには一気に25課分、50課分を見せて一つのドラマとして見せたりします。
それにより、登場人物のそれぞれの人生を見ることもでき、楽しむこともできます

こうやってます。漢字の授業!『みんなの日本語初級 第2版 漢字英語版』を利用するメリット

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特別連載 日本語教科書活用講座33 /こうやってます。漢字の授業!『みんなの日本語初級 第2版 漢字英語版』を利用するメリット

王子国際語学院 専任講師 伊東洋一郎

昨今、ベトナムやネパールなどからの留学生の増加によって、漢字に馴染みがない非漢字圏からの学生の漢字と語彙の指導についてご苦労をされている先生も多いことと思います。
そこで、今回は私が勤務している学校では、漢字の授業でどのように『みんなの日本語初級 第2版 漢字 英語版』を使用しているのかを紹介いたします。

まず、当校の学生の国籍は中国人とベトナム人で7割前後を占めており、次いでネパール人、バングラデシュ人、スリランカ人、モンゴル人となっております。
よって、クラス構成の半数以上を占めることになる非漢字圏の学生の学習についてどのようにアプローチしていくのかが学校全体の課題として挙げられてきました。

そこで、昨年度からこの『みんなの日本語初級 第2版 漢字 英語版』を使用することとなりました。
このテキストを使用する最大のメリットは非漢字圏学習者に対して、1コマあたりの学習漢字数が調整しやすく、さらに学習した漢字語彙の定着と増加が図れるという点です。

これから、その使用方法について説明します。

授業の際に学生に用意させるものは

①テキストの『みんなの日本語初級 第2版 漢字 英語版』

②本書巻末挟み込みの「参考冊」

③市販の漢字練習用ノート

の3点です。
漢字練習ノートはマス目の大きいもので、マス目だけのものがいいです。

このテキストを進めるにあたって大切なことは『みんなの日本語初級本冊』の進度と合わせるか、本冊でやった課をやや後から追うようにして使用するという点です。
このようにすることで、本冊に出てきた漢字語彙をこの本で再び学習し直すことができ、漢字語彙とさらには文型の定着にも効果が見られます。

以下に授業の流れをご紹介します。1コマ45分です。

1:その授業で学習する漢字の提示(クラスのレベルに合わせて学習する漢字数を調整)

2:提示漢字の読み方を確認。
  テキストの各ユニットには学習漢字を使った語彙の読み方を確認するコーナー「読み方」があります。
  『初級Ⅱ』には「読み方A」「読み方B」があり、「読み方B」は既習漢字の新しい読み方になっているので
  「読み方B」も要確認。

3:教師の空書、板書に倣い学生は漢字ノートにその字を複数回練習で書く。
  その際に教師は「止め」「はね」の注意点や部首について説明。画数を確認。

4:教師が漢字カード(教師が準備する)で提示した語彙を学生は巻末の参考冊から見つけ、
  ノートに練習し、意味を母語で書く。
  また、その他にも生活の中で目にした漢字について学生から発言があった場合は
  クラス内で共有し漢字語彙を増やしていく。
  教師は学生のノートを見回り、個別に指導していく。

5:2~4の繰り返しの後、テキストにある「使い方」で読み方や、文章内でどのような
  使われ方をしているか確認。

6:ひとつのユニットが終わる日は、テキストの「漢字博士」を使って漢字の復習。
  その他、各ユニットの「読み物」で読み方や、文章内でどのような使われ方を
  しているか確認。時間が余っていれば、学生に既習漢字を板書させ全体で確認。

7:次の授業で巻末のクイズを使って小テスト。

8:ユニット毎にあるわけではないが、「漢字忍者」を使って語彙を広げる。

9:ある程度学習が進んだらタームテスト実施。

以上が当校の漢字授業の主な流れです。この流れの中で当校が最も重要視しているのが「4」の作業です。
このテキストに出て来る語彙は『みんなの日本語 本冊』で既習のものであり、繰り返しの学習によって語彙と漢字の復習と定着が図れます。
さらに、参考冊から使用頻度の高い語彙を提示することによって、学生が「調べて覚える」という学習工程を進むことができます。

もちろん、学習漢字以外に学生から生活の中で目にした語彙の提示があれば、それをクラス内で共有。単調になりがちな漢字授業でもクラスでの会話につながっていきます。
このテキストを昨年度を通じて使用したところ、『初級Ⅰ』であれば284の3級漢字が、『初級Ⅱ』であれば69の3級漢字と247の2級漢字が学習でき、『みんなの日本語初級』の学習が終了した後の学習にもスムーズに移行できたと感じております。

参考までにお読みいただきたいのですが、昨年度の4月に入学した学生が秋には「みんなの日本語初級第2版本冊」「同 漢字英語版」のどちらの学習も終わり、勉強内容も初中級から中級へと向かい、12月のJLPT受験を迎えることができました。
20人クラスのうち、非漢字圏の学生15名中6名がN3に合格できたのは、このテキストの学習の最大の効果といえます。

また授業で市販の漢字ノートを使う目的は、漢字を書くだけの授業ではなく、教師の話をしっかりと聞き、空書や板書を見て口頭でやりとりをしたりする中で、学習者が生活の中で目にした漢字や語彙をきっかけにしたテーマについて話し合うような参加型の授業にしたかったことにあります。また市販の漢字練習ノートはマス目以外にはなにも書いてないので、学習させたい漢字を選び、練習させやすいです。

授業に先立って教師が学習する漢字を選び、漢字カードをつくります。15人前後のクラスでも字がはっきり見えるサイズです。
授業では

①学習者に漢字カードを提示し、読み方を確認

③使い方の学習/文をつくるように促す

②漢字練習ノートに書く

④時間があれば学習者が板書する

というように進めます。
漢字カードをきっかけに、教師や学習者のやりとりが生まれます。
学習者がひたすらノートにかじりつくような授業にはしたくありません。
漢字を覚えるのはもちろん、教師や学習者同士のやりとりの中で学習したことを共有できるような授業にしていくのも私の目標です。

最後に実際に授業で使用している漢字カード、板書例、学生が使っていたノートの画像を載せます。
この記事が日本語教育業界の発展に少しでも役立つものになれば幸いです。

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書き方、書き順を板書
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教師が準備する、語彙カード
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漢字練習ノート 漢字にふりがな、送り仮名をつける 母語で意味を書く
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学習した漢字を使って単語を書いたり、文づくりをする

―学習者を飽きさせない語彙練習の行い方―

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特別連載 日本語教科書活用講座34 /『はじめて学ぶ介護の日本語 基本のことば』を使った授業の一例

東京成徳大学/大原学園 非常勤講師 堀内貴子
大原学園 非常勤講師 西己加子

1.はじめに

2008年からEPAにより外国人の介護福祉士候補生が来日し、日本語教育に「介護の日本語」と呼ばれる分野がスタートしました。
多くの日本語教師が、初めての「介護の日本語」に右往左往し、教材もないまま、手探りで授業を行っていました。

2017年には、在留資格「介護」が新設され、また、在留資格「技能実習」に介護分野が加わります。
今後、日本での就労を目指し、福祉系の大学や専門学校へ進学する留学生、技能実習生向けの「介護の日本語」教育の需要が高まるとともに、「介護の日本語」を指導する「教員」、そして教えるための「教材」は益々重要になっていくことでしょう。

2.コース内容と教材について

私達が行っている介護の日本語教育の例をご紹介します。1.で述べたような状況を踏まえ、大原学園では1年間の介護の日本語教育を行う「ビジネス日本語(介護福祉士進学)コース」が開設されています。
これはいわば「ブリッジ教育」ともいうべきもので、留学生が高等教育機関に進学してもつまずかないように、予め基礎的な介護の関連語彙やコミュニケーション力を身に付けることを目的とし、介護の日本語の授業を行っています。
この介護の日本語のカリキュラムは、外国人介護福祉士(日本で働く外国人介護福祉士の現状)、専門日本語表現(介護関連語彙)、コミュニケーション、日本事情、国家試験入門講義の5領域からなり、専門課程での学習に対応できる力をつけます。

『はじめて学ぶ介護の日本語 基本のことば』は、本コースにおける語彙指導の積み重ねによって生まれた教材です。

3.授業の進め方

語彙の授業となると、ときに単調でつまらないとイメージされがちですが、スライド(パワーポイントなど)を利用したり、学習者のアウトプットの機会を多く設けたりすることで「テンポよく、効率よく、飽きさせない」授業を展開することができます。
また、単語の意味を覚えるだけでなく、どんな場面でそのことばが使われるのか意識し、介護という仕事のイメージをつかめるよう、授業を行うことも重要です。

ここでは、以上のポイントを踏まえ、具体的な授業の進め方をご紹介します。

私達の介護の日本語の授業は1コマ45分で、4コマの授業を週に4日(計16コマ)行っております。
語彙は1日の授業のうちの2コマの時間を費やし、30語程度を扱います。テキストでいえば、3ページ程度進めています。
これは非漢字圏を含む、N3レベルの学習者の場合です。学習者の母語(漢字圏、非漢字圏)によって、また日本語力の違い(N3、N2、N1)によって取り扱う語彙数は変えて行っています。
テキストのxページにも「学習の進め方(例)」が載っていますので、参考にしてください。

(1)教師の準備
まず、授業で使用するスライドを用意しましょう。
(スライド、福祉器具の写真など、補助教材利用のお申し込みはこちらから→『はじめて学ぶ介護の日本語 基本のことば』教師向けサポート資料

最初に、「読みの確認」をするフラッシュカード状のスライドがあります。
原則として、1枚に1語ですがテキストで同義関係や対義関係を示していることばは、一目でわかるようまとめてあります。

次に、ことばの特徴(同義関係・対義関係の語、共起)を確認するスライドがあります。
こちらは、クイズ形式で、空欄になっている部分に当てはまることばを、答えてもらうようにできています。
ぜひ授業で、活用してみてください。スライド利用の例については(3)、(5)でご紹介します。

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読みの確認用スライド
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ことばの特徴の
確認用スライド

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(2)予習
学習者には予習を課しています。予習内容は、教師から指定されたページの語彙について、読み方と意味を確認することです。
テキストの語彙には、読み方と英語、中国語、ベトナム語、インドネシア語の翻訳がついていますので、それを読んで、理解して、授業に臨みます。

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テキスト147ページ
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(3)スライドで読み方の確認
授業のスタートは、スライドによる読みの確認です。
まずは、「読みの確認用スライド」を使って一度通しで、フラッシュカードのようにテンポよく読ませます。これを行うことで、予習の確認をします。
そして、一度読ませたあと、教師のリピートで再度読みながら、発音が不明瞭だったり、アクセントが間違っていたりするものを修正します。その後、様子を見て、読みの練習や確認を続けます。
(授業例を動画で配信しています。視聴はこちらから→『はじめて学ぶ介護の日本語 基本のことば』教師向けサポート資料

(4)意味と共起、例文の確認
正しい読み方を身につけたら、ここでは、テキストを開かせ、語彙の意味を確認します。
学習者は予習の段階で、訳で意味が理解できています。それを、簡単な日本語で説明させます。

例えば、教師が「『消化』の意味は?」という問いかけをし、学習は「食べ物の形が胃の中でなくなり、栄養になること」などと答えます。そして、テキストを見ながら、語彙を学ぶ際に重要な共起を確認します。
ここまで進めたら、教師からの問いかけに共起込みで答える形で語彙運用(短文作成)の意識づけをします。

例えば、「消化+がいい」(共起込み)の例で言うと、教師は「どんな食べ物が消化がいい?」や「どんなときに消化がいい食べ物を食べる?」と問いかけをし、学習者に「◯◯は消化がいいです」や「体調を崩しているときは、消化がいい食べ物を食べます」などと答えさせ、産出を意識させます。

学習者には「語彙を覚えるだけでは意味がない。共起も必ずセットで覚えること」と常に伝え、ことばのインプットから、必ず文でのアウトプットにつなげます。
また、ここでは、例文を読んで意味を確認することも重要です。
テキストの例文には介護場面で耳にするようなものばかりが取り上げられています。読むことで介護場面のイメージをつくってもらいます。

(5)スライドでことばの特徴の確認 
次に、「ことばの特徴の確認用スライド」を使って、同義語・対義語と、共起についての復習を行います。
(3)の「読み」の確認と同様に、学習者を「テンポよく、リズムよく、飽きさせない」ように行います。
見出し語をみて、共起がポンポンと出るように促します。

(6)短文作成
最後に、本日の授業範囲から語彙を抜粋し、学習者に口頭で短文作成をしてもらいます。
すでに(4)のところで、共起を伴う語彙運用を意識させ、行っているので、この作業は学習者にとって、それほど負担にはならないでしょう。
語彙と共起を中心とし、既習語彙、既習文型を使い、複文にすることを促すと良いでしょう。

 

(7)小テスト
翌日(次回)の授業の最初に、前回の授業について、3種類の問題の入った小テストを行います。
まず、ディクテーションです。前回学習したことばを使った短文をナチュラルスピードで聴かせます。
学習者はただ音を聞くのではなく、きちんと語彙の意味を理解し、文脈を理解した上で書きとるようにします。

次に短文作成をします。それぞれの語彙の共起を意識しながら、短文を作成します。最後に、語彙定着問題(共起の確認問題)です。
文脈を読み取り、前後のことばをヒントにして、ブランクになっている部分に入る語を考えます。

回収後、テストは教師が採点をし、その後フィードバックと返却を行います。
採点では、誤答部分にただ教師が正答を与えるということはしません。下線を引いたり、正答につながるような質問を投げかけたりし、学習者が自分で間違いに気づき、修正が行えるようにするのが重要です。


小テスト
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フィードバックでは、誤答が多かったり、重要なポイントが間違っていたりするものについて、板書やスライドを活用し、クラス全体で正答を確認します。
教師の助けを借りながら、何が間違っているのか、どう修正したらいいのかを学習者自身に考えさせ、説明してもらうようにするとよいでしょう。
クラス全体で修正ポイントを共有することは、間違えた学習者はもちろん、その他の学習者にとっても、復習するのに有効な方法です。個々人の誤答については、各自で改めてテストを見直してもらいます。

最後に修正したテストは教師が再度確認を行います。このようにフィードバックと確認を行うことで、語彙の定着につながります。

4.おわりに

ここまで、一つ一つ流れを追って授業の展開をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

大切なのは、「テンポよく、効率よく、飽きさせない」授業、そして、必ずインプットしたものはアウトプットしてみるということです。「語彙」の授業となると、単調で飽きやすいものになりがちだと思われますが、スライドを使用し、テンポよく進めること、学んだことを必ずアウトプットできるように質問を投げかけたり、短文作成をさせたりすることで、それは解決できます。

学習者は学校で学ぶ方もいれば、すでに介護現場で働いている方もいるでしょう。日本語のレベルも様々です。
皆様がそれぞれの学習者に合わせて、指導法を工夫しながら、よりよい授業を作り上げるために、私達の授業例が役に立ちましたら、うれしく思います。

―「N3」レベルの授業例をご紹介―

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特別連載 日本語教科書活用講座35 /もっと知りたい『新完全マスター文法 日本語能力試験』授業のポイント

『新完全マスター文法 日本語能力試験N3』著者 友松悦子

1.はじめに

日本語能力試験N3で出題される文法問題は、

●文の文法1(その文に適切に当てはまる文法形式を選ぶ問題)
●文の文法2(文を正しく組み立てる問題)
●文章の文法(文章の流れに合った適切な言葉を選ぶ問題)

の3種類です。『新完全マスター文法 日本語能力試験N3』は、試験に合わせて3つの問題形式別に学ぶ構成です。

今回は、第1部「文の文法1」のパートを中心に、50分授業2コマでの授業進行の例をご紹介します。
このパートでは、N3で出題されると思われる文法形式を、意味機能別に分けて少しずつ学習していきます。

2.文法形式(文型)の導入

第1部の各課では、まず、似たような意味機能の、既に知っている言い方にはどんなものがあったか、確認するところから始めましょう。

例えば、時に関する表現を学ぶ1課では、「時間に関係がある言い方にはどんなのがありましたっけ?」と声をかけます。
教師も手助けして、「~後で」「~てから」「~前に」「~ながら」「~まで・~までに」などを思い出してもらい、典型的な文を言ってみるなどの復習をしておくと効果的かもしれません。
N2、N1の学習でも同じように、前のレベルの文法知識を踏み台にして、その上にレベルアップした言い方を積み重ねるようにすれば、学習者も受け入れやすいでしょう。
N3では、まだ基礎知識が少ないですが、N5、N4レベルの文法知識をフル活用させましょう。
「今日は、今まで習った言い方に加えて、もう少し複雑な言い方を学習しましょう。」などと言って学習者を励まし、この日の学習項目に入ります。

1課では「~うちに…」、「~間…・~間に…」、「~てからでないと…・~てからでなければ…」、「~ところだ・~ところ(+助詞)…」の4項目を学習します。
あらかじめ学習項目を概観しておくといいでしょう。

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テキスト16-17ページ
(画像クリックで拡大)

各文法形式の学習に取り組む際には、「短文の読解をする」という意識で、まず、例文をしっかり読みます。
難しめの語彙が含まれている文や、状況を説明する必要がある文もありますから、ある程度時間をかけて読むことが必要かもしれません。
ここで初めて出会う文法形式については、接続形や注意事項(「」で示してあるところ)を説明した上で、「前半が提示されている文の、後半の文を答える練習」またはその逆の練習をいくつか口頭で行い、理解ができたかどうか確認します。

」の部分の説明は慣れるまでは少し大変かもしれません。
でも、これをやっておくと、なぜ間違えたか、そして次はどうすれば間違えないかがわかるようになります。
N3レベルのテキストには英語、中国語訳(「ベトナム語版」にはベトナム語訳)がついていますから、訳の力を借りて理解を促しましょう。
説明のときにキーになる語は、「状態」「継続」「変化」「意志」「否定的(マイナス)」「書き言葉」など、あまり多くありません。
そして、このキーワードが、日本語の文法を考えるときの大きなヒントになるのです。

理解が早い学習者は、2,3課で文法問題のポイントがわかってきます。
慣れてくれば、先生の説明を聞かなくても、この接続の形と「」の解説を見返すだけで、どこが間違っていたかがわかるようになります。
実際にこの本を使った学習者から、「“問題を解いて、間違えたら前のページに戻る”を繰り返していたら、途中からコツをつかんで、どんどんスピードが上がり、文法がわかるようになってきた」という声を聞きました。

また、ここで大切なのは、語彙の扱いです。
本テキストでは(N2、N1も同じ)、当該のレベルで習得すべき語彙を使って例文を提示しています。
例文を理解することは語彙の学習にもつながるわけですが、授業で語彙の説明をしているとそちらの方にばかり時間を取られて、本来の文法学習が進みません。
学習する課の語彙を辞書などであらかじめ確認しておくことが必要です。学習者には、この予習が何より大切であることを強調してください。授業では50分で文法形式2~3項目進むのが理想です。

3.理解の確認と知識の整理

こうして1課分の文法形式の理解が終わったところで、2課ごとにつけられている「練習」の1課分をやってみます。

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テキスト20-21ページ
(画像クリックで拡大)

この選択問題をやってみて間違えたところは、「」の説明をもう一度読むように促し、理解を固めるようにしましょう。

できればペアワーク、またはグループワークなどで答え合わせをするといいかもしれません。
お互いに答えを言い合って、話し合いをします。
教師はグループを回り、わかりにくい問題があれば、なぜ迷っているのかを聞き、考え方についてヒントを出すなどします。
その後クラスワークに移り、その時点で答えを発表してもらいます。
それから、質問を受けて、解説すると言った流れです。グループを回ったときに気になった点についても解説します。

または、進行係になる人にあらかじめ正しい答えを提示しておき、その人の進行のもとに答え合わせをします
「みなさん、今の答えは正しいですか」
「質問はありませんか」
「〇〇さん、もう一度注意のところを読んでみてください。……と書いてあるでしょう?」
などと進行係は得意になって「先生役」を演じてくれるかもしれません。
一見、能率が悪いように思えますが、先生は教える・説明する、学習者は教わる・説明を受けるという構図を崩してみるのもクラス活性化のための一つの方法だと思います。

「練習」の答え合わせを終えたら、1課の4つの学習項目が概ね理解できたとし、次にこれらの文法形式を使う発展練習を改めてやってみます。
文の前半を、あるいは後半を与えての短文完成練習、当該の文法形式を使って質問に答える練習、提示された状況で短文を作る練習などです。
ワークシートを使って書く練習を行ってもよいと思います。
(急ぎの場合はこの練習を宿題にして、次の課に進んでもいいでしょう。)

次の課も同じように学習を重ねます。
〔前のレベルの思い出し〕
  ↓
〔理解のための作業
 ①例文を読む
 ②意味機能・使用場面等の確認
 ③文法的ルールの確認
  ↓
「練習」(ルールの再確認)〕
  ↓
〔使えるようになるための練習(文完成、短作文など)〕

という流れです。

「練習」のページの後半には、2課分の学習項目をまとめて確認する問題がついています。
2課ずつ終えるごとにこの問題を宿題にし、次回の授業で答えを確認してから次の課に進みましょう。

4課ごとに総復習する「まとめ問題」もありますので、4課分の文型貯金ができたら、「まとめの問題」も宿題として課すのがいいかと思います。
これは実際の能力試験問題に倣った問題ですので、試験を受けるつもりで挑戦してみるように促しましょう。

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テキスト28-29ページ
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また、第1部の後半には、間違えやすい文法形式やこのレベルで習得すべき文法形式(助詞、助詞相当句、「こと」・「の」、「する」・「なる」、「よう」、「わけ」、「ばかり」など)の用法や使い分けの整理をするセクションもありますから、意味機能以外の面からもしっかり基礎固めをするとよいでしょう。

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テキスト80-81ページ
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テキスト82-83ページ
(画像クリックで拡大)

4.おわりに

N2、N1でもほぼ同じ流れで学習と整理を行っていきます。
どのレベルでも要点は同じで、知っている文法形式を足掛かりにして深く奥へ進む、つまずいたらひとつ前のレベルに戻って、同じ意味機能の文法形式を確認しておく、そしてまた前に進む……。
時には後ろを振り返りながら、着実に歩みを進めていくのがいいと思います。

-学生の協働学習力・対話力の育成を目指して-

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特別連載 日本語教科書活用講座36 /多文化クラスで『みんなの日本語』を活用するために求められる教師の授業技術

東京富士語学院 倉八順子

多文化クラスの教室で求められる『協働学習力』『対話力』

スマホの普及は独学での語学学習を可能にし、語学学習を多文化の人にひらくことに大きく貢献しました。その一方で、他者と協働し合う『協働学習力』、対面で向き合って情報を伝える『対話力』を、授業空間で育てていかなければならないという新たな課題をもたらしました。

2012年以降、日本語学校は新たな留学生の獲得を目指して努力を重ねた結果、ベトナム、ネパール、ミャンマー、スリランカ、ウズベキスタンなどからの留学生が増加し、日本語学校の教室は「多文化クラス」となりました。多文化クラスでは、言語学習観の違う学生、学校文化の違う学生が一緒に学習することになります。かれ/彼女たちに日本語力をつけていくには、その基礎となる、他者と協働し合って学ぶ『協働学習力』、多様な他者と対面で向き合って情報を伝える『対話力』の育成が必要になります。

多文化クラスでの『みんなの日本語 初級』活用の留意点

多くの教師・学習者に活用される市販の初級教科書は、あらゆる読者を想定した普遍性・汎用性を備えているため語彙・文型も普遍性・汎用性を満たすように多くなっています。教師の仕事は普遍性・汎用性を備えた市販の初級教科書を、今ここの学習者に合わせて特化させる、すなわち、今ここの学習者のために語彙・文型を選択し、今ここの学習者の学習目的に合わせて活用していくことです。

『みんなの日本語 初級』も普遍性・汎用性を備えており、1998年の刊行以来、多くの日本語学校で教科書として使われ、ミラーさんの誕生日には世界中から「誕生日おめでとう!」のメールが届くほど愛されてきました。その理由は、

1.練習Aで示される文型積み上げ方式の骨組みが明確なこと
2.『翻訳・文法解説』が充実し12か国語に翻訳されていること
3.各課の文型を使ったcan-do目標(機能)が明確なこと
 (『教え方の手引き』学習目標「できるようになること」に書かれています)
4.文型のもつ機能を考慮した談話文が日常表現とともに「例文」で示されていること
5.「復習」でアチーブメントが確認できること

にあると考えます。

進学希望の日本語学校の留学生、特に非漢字圏の留学生に、『みんなの日本語初級』を活用するための教師の仕事は、以下の3点です。まず、この文型の導入・練習を留学生の使用場面に合わせたものにすることです。例えば、30課の「~ておきます」の導入・練習では、「試験のまえに何をしておきますか」「専門学校を受けるまえに、何をしておきますか」などにすることです。

次に、『みんなの日本語 初級Ⅰ』、『同 初級Ⅱ』に出てくる約2000の語彙のうち、かれ/彼女たちの使用語彙はどれか、理解語彙はどれか、必要ない語彙はどれかを整理することです。この段階での使用語彙は500程度で十分です。500であれば一日5つ(5×100日=500)の語彙を確実に覚えればいいことになります。

最後に、これが重要なことですが、『みんなの日本語 初級Ⅰ』の80、『同 初級Ⅱ』の71、計151の文型のうち、かれ/彼女たちが最優先して学ばなければならない文型はどれなのかを整理することです。1機能1文型であれば、この文型数は3分の2程度に減らすことができ、学習者の負担感も少なくなります。

1機能1文型について説明します。例えば、条件(1機能)を表す文型は初級で4つ(4文型)出てきます。「と」(23課)、「たら」(25課)、「ば」(35課)、「なら」(35課)です。「なら」が表す条件の意味は「と」「ば」「たら」とは違うので別にすると、「と」「ば」「たら」のうち、コーパス研究の結果、最も使用範囲が広く、使用頻度が高いとされる「たら」を使用文型とするということです(これについては庵(2016)のp.78参照)。

進学を目的としている多様な文化的背景を持つ非漢字圏の学生たちを指導する教師には、『みんなの日本語』の骨組みを使って、優先する文型で骨太にし、優先する語彙を選び、付け加え、スリム化していく力が求められます。

多文化クラスでの実践例

ゼロスタートで始まった、ベトナム人12人、ネパール人5人、中国人3人、計20人の多文化クラスでの実践例を報告します。この20人の学生たちはその多くが外国語習得の経験を持たない学生たちでした。このような学生たちには、語彙をスリム化し学習の負担感を軽減し、授業を構造化しスモールステップで進む方法が有効です。具体的には、まず、文型読み。これは100の文型を東京富士語学院バージョンに変え、授業の最初の10分で徹底して行いました。

次に、各課の文型の導入と練習は7つに厳選しました。7というのはミラー(ミラーさんではありません!)の「magical number7±2」で、短期記憶の容量です。7つなら暗記が苦手な学生たちも覚えることができます。7つというのは、例えば18課の辞書形の場所可能であれば、「東京富士語学院で(場所)なにができますか(可能)。」(答え:友だちに会うことができます。アルバイトをみつけることができます。スカイツリーを見ることができます。など)の東京富士語学院の部分を7つに変える、例えばコンビニ、郵便局、銀行、百円ショップ、押上駅、自動販売機、東京スカイツリーなどです。これらは学生にとって日々利用する身近なものです。この練習はみんなの日本語の「練習C」の「意味に主眼をおいた練習」と、「練習B」の「正確さに主眼をおいた練習」を合わせた「フォーカス・オン・フォーム」の考え方を取り入れたものです。

全員で言った後は個別に、いつも同じ順番で答えます。こうすることで、情意フィルターを下げ、語学が苦手と感じているかれ/彼女たちに安心した空間を作ることができます。
そのあと「練習A」で文型を確認し、「例文」へと進みました。「例文」の文も東京富士語学院バージョンに変えました。最後は各課のテスト。しかし、テストになると他の人のテストを見る学生もいました。違いを認めたうえで、日本のルールを説明し、見ないように机の環境も整えました。

このような方法で授業をスリム化し、ルールを徹底して、2日半で1課のペースで、3か月で25課を終え、次の2か月で37課受身形まで進みました。しかし、可能形(27課)、自動詞・他動詞(29課・30課)、意向形(31課)、命令形・禁止形(33課)、条件形(35課)、受身形(37課)と進むにつれて学生は混乱し、教室の空間は暗くなっていきました。物が主語になる「非情の受身」はネパールの学生たち、ベトナム人の学生たちは母語でも使ったことがなく、まさに「非情」で、「非常」な授業となってしまいました。

37課ショック!さらなるスリム化とスパイラル学習

37課のテストの結果は惨憺たるものでした。学生も私も大きなショックを受けました。「先生!! わからない!!」という叫びの声と歪んだ表情。あの叫びと表情に接した私は週末を悩み抜き、もう一度14課の「て形」から再スタートすることにしました。14課「て形」から再スタートした理由は、「て形」が活用の基本であり、16課「辞書形」、17課「ない形」、19課「た形」、27課「可能形」、31課「意向形」、33課「命令形」「禁止形」、35課「条件形」、37課「受身形」、48課「使役形」、49課「尊敬形」と初級で扱われる12のフォームの出発点だからです。

日本語学習の最初の「試金石」ともいえる「て形」のマスタリー・ラーニングは、学習者にとってのbreakthrough(飛躍へのきっかけ)となります。学習者は自信を得て、日本語学習への不安が減少し、情意フィルターが下がり、その後の学びへと飛翔していきます。つまり、て形のマスタリー・ラーニングで学習者は学習初期の不安を乗り越え、日本語学習に動機づけられていくことになります。さらに、再スタートをマスタリー・ラーニングとするために、テストは1課ごと(それまでは2課ごと)にし、授業で扱った語彙・表現だけから作成した完全なアチーブメントテストにすることにしました。

14課からの再スタートは、学生たちに「これならできる!」という自己効力感をもたらしました。何よりも、教師と学生の間に、この困難な状況に立ち向かおうという信頼関係に基づいた一体感ができました。この試みで私は大きな気づきを与えられました。それは、『スパイラルな学習の効果』です。例えば、前述の18課の辞書形の場所可能であれば、同じ質問を聞いても、「~たり~たり」(19課)を使って、「日本語を勉強したり、友だちに会ったりすることができます」、22課の「名詞修飾」と24課の「授受表現」を使って「間違ったテストを直してもらうことができます」、32課の「かもしれない」(可能性表現)を使って「アルバイトをみつけることができるかもしれません」というように、より機能的な表現ができるようになります。

授業で扱った語彙・表現だけから作成した完全なアチーブメントテストは、かれ/彼女たちの自己効力感を高め、学習空間を明るいものに変えていきました。こうして9か月で45課まで進みました。多文化クラスでは初級は45課までと考えています。非漢字圏の留学生がこの段階で、「~たところです」と「ばかりです」の使い分け(46課)、推測の「ようです」(47課)、「使役」(48課)、「尊敬」(49課)、「謙譲」(50課)を使うコミュニケーション場面は少ないと考えるからです。これらは、その後に続く教科書『中級へ行こう』で取り組みます。

『対話力』への可能性をひらく「例文」の活用

スパイラルな協働学習を通して「学習」は達成されました。「学習」により日本語能力試験の合格はある程度可能になるかもしれません。しかし、日本語学習の目的は日本語能力試験の合格にあるわけではありません。実際に日本語を使用して対話を行っていく「習得」にあります。したがって、次の課題は「学習」をどう「習得」につなげるか、すなわち「対面の他者との機能を果たすことができる『対話力』を育成するか」です。言い換えれば、どうやって「クラスを対話の空間にするか」です。

多文化クラスでは、生活文化の違い、言葉の違いが「対話」を生むことを私はこれまでの実践で経験してきました。その経験を活かして、『中級へ行こう』で文型を増やしながら、「場面シラバス」を用いた談話練習に『みんなの日本語 初級』各課の「例文」を活用した東京富士語学院バージョンの会話教材を作成しました。この場面シラバスの考え方は庵監修(2010)を参考にしました。

第1回は、食文化に関する『おなかがすきました』でした。かれ/彼女たちが、授業の休み時間にいつも食べているものをうれしそうに語る姿が印象的でした。

      「みさなん、日本のどんな食べ物が好きですか。」
学生たち   「カップメン!パン!からあげ!ぎゅうにく!とりにく!さかな!」
ベトナムの学生「先生!さかなはベトナムごで、カ!ネパールご、なんですか?」
ネパールの学生「ネパールごではマッチャです!」
学生たち   「マッチャ?」
ベトナムの学生「先生!にほんのぎゅうにくおいしい!ちょっとたかい」
ネパールの学生「先生。(絵をかいて)このどうぶつなんですか。」
      「あ、それは、らくだです!」
ネパールの学生「先生、ネパールらくだのにく、たべますよ。」
ベトナムの学生「え! おいしいですか。」
ネパールの学生「ちょっとかたいです。でもおいしいです」
中国の学生  「ちゅうごく、なんでもたべる」
学生たち   (爆笑)

こんな「対話」が続きました。かれ/彼女たちが、他者の文化に興味をもち、「対話」し合う姿は、私に強い印象を残しました。1年たって、こんなに「対話」できるようになったのだと。

第2回『わたしのプロフィール』
第3回『わたしの一日』と進み
第4回は『まちのじょうほういろいろ』

でした。1年通い続けている学校の周りの地域に興味をもたせ、地域との「多文化共生」の姿勢を育んでいくことがこのコミュニケーション活動のねらいです。コミュニケーションタスクは、
1.お店の絵を見て名前がすぐ言える(学習から習得へ)

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2.『みんなの日本語 初級』の第10課「あります」を場面に応じて使えるようになる
3.第18課「ことができます」を場面に応じて使えるようになる、です。

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その後、学校の周りのマップを作成し、それについて自由に会話をしました。そして最後に、周りにある名所、旧跡について触れました。この活動の最後にはこんな「対話」が生まれました。

ネパールの学生 「先生!はつもうで、あさくさいきました。たのしかったです。」
ベトナムの学生 「先生!こうがいがくしゅう、ふじさんいきました。きれいね。たのしかったです。こんどどこいきまっか。」
       「年末パーティで女性センター行きますよ。」
学生たち    「じょせいセンター?」
       「4月に入学式したところです。」
ベトナムの学生 「そうじゃないです。せんせい、ほっかいどういきたいです。わたしたち、いっしょ、もういちねんです。」
       「北海道、みんな行きたいですか。」
学生たち    「いきたいです!!せんせい、いついきますか?」 

『みんなの日本語 初級』を学習した後の「対話」の活動は、多文化クラスの学生たちに、「対話」をとおして多文化に興味をもち、多文化に開かれていく姿勢を育んでいます。私は、これからも「『みんなの日本語 初級』を活用して多文化クラスに適した教材を作ることで多文化クラスの学生たちに『多文化共生』の姿勢を育んでいける」というビリーフをもって、学生たちと共に、一歩ずつ、取り組んでいこうと思います。

参考文献
庵功雄監修(2010)『にほんごこれだけ!1』ココ出版
庵功雄(2016)『やさしい日本語』岩波新書

「場面や相手に合わせたコミュニケーションができるようになる」授業づくり

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特別連載 日本語教科書活用講座37 / 『みがけ!コミュニケーションスキル 中上級学習者のためのブラッシュアップ日本語会話』

ユニタス日本語学校東京校 教務 加須屋 希

〇会話学習の目標
 「場面や相手に合わせたコミュニケーションができるようになる」


当校では、四技能をバランスよく授業に取り入れられるようにカリキュラムを組んでいますが、「話す」についてはなかなか理想的なカリキュラムを組めず試行錯誤してきました。

学習者は中級の後半(N2レベル前後)になると、使える語彙や文法も増えてきますが、いざ会話をしてみると、思うように意志が伝えられなかったり自然な表現ができなかったりと、ジレンマを感じるようです。
実際に彼らからも「アルバイト先で日本人と話すと、自分だけ丁寧すぎる言葉を使っていて変な顔をされてしまう」といった話も聞こえてきます。
現段階ではもとより彼らの日本での将来を考えると、早いうちから実践的な会話力を身につけることが重要であると感じていました。

当校では初級と中級前期では『みんなの日本語初級』『〃中級Ⅰ』を使い、その次のレベルでは『中級を学ぼう 日本語の表現と文型82 中級中期』(以降『中級を学ぼう 中級中期』)を使っています。
『中級を学ぼう 中級中期』は語彙、読み物の内容の親しみやすさ、また文法練習の中には、聴解、短作文など幅の広さもあり採用しています。

ただ、会話練習に関しての練習が少ないため、並行して『みがけ!コミュニケーションスキル 中上級学習者のためのブラッシュアップ日本語会話』(以降『ブラッシュアップ日本語会話』)を使用することにしました。

今までもいくつかの会話教材を使用していましたが、『ブラッシュアップ日本語会話』に出てくる場面や語彙などは、進学や就職、また学校のこと、アルバイトの場面など当校の学習者に合っているものが多く、場面をイメージしやすかったり、実際に使う可能性が高い会話文が多いと感じました。
またこのテキストは決まったフレーズを練習するだけでなく、状況に合わせた会話表現の練習ができると感じました。そして、このテキストを使った学習の目標を「場面や相手に合わせたコミュニケーションができるようになること」としました。

〇どのような学習者に、どのくらいの時間を使うか


この授業の学習者は主に初級から中級前期が終わりN2取得を目指すレベルです。
メインテキストの『中級を学ぼう 中級中期』と並行して、6ヶ月間この教材を使用します。
1クラスは13~17人程度で、国籍は中国、韓国、ベトナム、ネパール、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、ロシア、モンゴルなど様々です。

メインテキスト『中級を学ぼう 中級中期』に2コマ(45分×2コマ)、JLPTなどの試験対策を2コマの計4コマを1日の授業スケジュールとしています。
会話練習はメインテキストの授業内で行います。

メインテキストの1課が終わるごとに、『ブラッシュアップ日本語会話』を使った会話練習、またはアカデミックスキルを身に付けるための聴解練習の授業を行っています。

スケジュールの大まかな流れ:

 1.メインテキスト『中級を学ぼう 中級中期』1課 約75分×6日
 2.会話練習『ブラッシュアップ日本語会話』ユニット1セクション1 約75分×1日
 3.会話練習『ブラッシュアップ日本語会話』ユニット1セクション2 約75分×1日
 4.会話練習『ブラッシュアップ日本語会話』ユニット1セクション3 約75分×1日
 5.メインテキスト『中級を学ぼう 中級中期』2課 約75分×6日
 6.聴解練習(アカデミックスキル) 約75分×1日
 以下1~6繰り返し
※7.会話復習を90分程度。学期末の復習として、3ヶ月ごとに学んだ会話表現をもう一度思い出す復習を行います。カリキュラムの都合上、6ヶ月間でとり上げるユニット数は4~5となります。

〇テキストの使い方
 ユニット5の「 申し出をする」の授業を例にして


各ユニット内のセクションは1~3まであり、それぞれ「聞いてみよう」「くわしく学ぼう」「話してみよう」で構成されています。
授業は概ねテキストの順番通りに進めます。この教科書活用講座ではユニット5を例に授業の例とクラスの様子をお伝えします。ユニット5では「申し出」とその受け方の表現について、場面に合った表現の選択、ストラテジーなどについて練習します。

ユニット5
【セクション1「申し出をする」】

授業の流れは

「導入→聞いてみよう→くわしく学ぼう(表現)1→くわしく学ぼう(ストラテジー)→まとめの練習→話してみよう」

となります。
後半の「申し出に答える」についても同じ流れで授業をすすめ、セクション3では総合練習を行います。

①導入(5分)

申し出をするのはどんな場面なのかを話し合う。
「申し出」という言葉のニュアンスが分かりづらい場合は「電車で座っている時に目の前にお年寄りがいたらどうするか」といった例を紹介する。
また、家族や友人など近しい間柄に申し出をするのはどんな場面かを話し合う。

クラスの様子:
「困っている相手を助ける」感覚は国籍や地域によって異なり、様々な意見が飛び出します。
また、電車で席を譲る話題になると「日本の電車では若い人が寝たふりをしてお年寄りに席を譲らない場面を何度も見かけた」という話や「お年寄りだと思って席を譲ったら怒られたことがある」など話題が広がることもあります。

家族や友人などに申し出をする場合に「どの程度まで助けが必要か」といった話題に発展することもあり、ここでは「お節介」「押しつけがましい」などといったキーワードの意味を確認しておくと後の表現練習に役立ちます。

②聞いてみよう(5分)CDの会話場面を聞く

初めてテキストを使用する場合は、「聞いてみよう」の表①のアイコン(上下関係、親疎関係)について確認を行う。

表①(本文p.73)

はじめに上下関係に注意しながら会話を聞き、内容を理解する。この段階ではスクリプトは見せずに、場面や内容をつかみ取らせ、表①に書きこみ、申し出の表現を適切に選択できているかを確認する。

再度会話を聞き、申し出に使われている表現を表②に書き込み、全体で答えを確認する。
クリックして拡大

アイコンの説明
(画像クリックで拡大)

表②(本文p.73)

クラスの様子:
ここではCDを聴き、表①の「相手が申し出を必要としていると知っていましたか」について、申し出の必要度を読み取るのに苦労する学生もいます。
特に短い会話の中で、申し出とわかるような表現が出てこない場合は、会話場面をイメージすることが重要になってきます。

③くわしく学ぼう 1.申し出をする表現(30~35分)

初めてテキストを使用する場合は「直接的・間接的」という言葉の意味を、会話の中で使われる表現の具体的な使用場面などで紹介、意味確認をする。

その上で「何かをしてあげる表現」「物を勧める表現」それぞれの、枠内の間接的・直接的表現について、それぞれ例文を提示し、テキストの解説部分は直接読まずに、例文を用いて解説をしながら枠内の表現をどのように使うかを教える。

申し出をするときの基本フレーズ(本文p.75)

セクション1の「練習」で提示されている場面をもとに、それぞれの場面に合った表現を各自で考え発表させる。
時間に余裕がある場合は、ペアで前後の会話についても考えさせ発表させる。

練習(本文p.79)

クラスの様子:
間接的表現については、会話表現のみならず日本人の会話に多く見られる特有の表現でもありますので、学習者にとっては理解するのに時間がかかる学習者もいます。
また、敬語表現の使い分けが申し出表現の違いに繋がるため、非常に重要になります。
クラスによっては敬語表現の形、意味などの再確認をしなければならず、大幅に時間が取られることもあります。

④くわしく学ぼう 2.申し出をする表現とともに使われるストラテジー(20分)

ストラテジー別に表現例を使って会話場面、フレーズを紹介する。
ここでも解説部分は読むだけでは理解しづらいため、会話例を紹介することで解説部分の内容を確認させる。

ストラテジー別の表現例(本文p.79)

クラスの様子:
ここでは申し出の押しつけの程度や、申し出を受けた側の負担を考慮した表現など、実際の生活で使用する際に最も重要な表現の使い分けがストラテジー別に紹介されています。
単に会話フレーズを覚えるだけでなく、実際に使える会話表現を身につけるためには、ここでの学習が最も重要なのではないかと感じます。

「くわしく学ぼう」では、会話で使う表現を初級、中級前期の既習表現で済ませることなく、より細かなニュアンスを伝える表現を使えるようになるための意識付けにもなっています。
その他、日本人に好まれない押しつけがましい表現や、相手に気をつかわせてしまうような表現など、「使わない方がよい表現」についても紹介します。

⑤まとめの練習(15分)

テキストに提示されている場面を読んで、申し出の表現とストラテジーを考えて、「申し出」の練習をする。ペアを組み、会話を組み立てて発表をさせる。
場面についての解説が必要であれば、練習を始める前に簡単に説明をする。

会話を組み立てる際は
 ・相手が申し出を必要としているかどうかを考える
 ・必要としている場合はどんなタイミングで申し出をするかに気をつける
 ・ストラテジーを組み合わせながら、「直接的・間接的」が伝わる申し出をする
 ・二人の関係を明確にして、会話表現(敬語表現など)に気をつけるといった点を注意しながら練習をさせる。

申し出を受ける側の表現についてはまだ学習していないため「お礼を言う」程度に留める。

クラスの様子:
短い問題文をもとに長い会話を組み立てたり、予想外の申し出をしたりと、会話を組み立てることについてはそれほど苦労する学生はいないようです。
しかし、いくつもある申し出の表現の中からどれを選ぶかについては相応しいものが選べないことが多く、練習中や発表時に相応しい表現に修正する必要があります。

学習者が作った練習でのやり取りの例:
セクション1の「まとめの練習」の段階では、ほとんどの学習者がシナリオなしで場面でのやり取りを展開します。

まとめの練習(本文p.81)

初級期から日本語の表現を場面の中で使う練習をしていることも抵抗の無さの理由のひとつです。
中級後期のレベルでは、場面に合ったより適切な表現を選択し、より正しく使うことが目標になります。

・あなたの後輩が、道でコンタクトレンズを落としてしまいました。あなたは探すのを手伝うことを申し出ます。

学習者1: あ!
学習者2: え、どうしたんですか?(※1)
学習者1: コンタクトが落ちてしまいました。あのコンタクト1万円もしたのに・・・・
学習者2: えー、大変ですね。
学習者1: あー! 困ったなぁ。
学習者2: 一緒に探してあげようか。(※2)
学習者1: ありがとうございます。

ここは練習なので、修正が必要な部分は指摘します。修正する部分は以下になります。

※1:先輩が後輩に話しかけているので、(親しいと仮定して)敬語ではなく普通体のほうが良い。
※2:目の前で相手が困っている場合、直接的な申し出表現を使うことが多いので「探してあげるよ」などがよく使われる。

⑥話してみよう(15分)

1.「くわしく学ぼう」で提示されている短い会話例をペアになって練習する。
  上下関係、親疎、必要度などを意識させる。

短い会話例(本文p.074)

2.「話してみよう」の①の表を見ながら、申し出の内容を考えさせる。
  その後、ペアで申し出をする表現を用いて会話を完成させる。練習をし、クラスの中で発表をさせる。

話してみよう①(本文p.81)

このパートについては、カリキュラム上時間が足りず、あまり時間をかけられないのが現状です。

【セクション2「申し出に答える」(75分)】

セクション1の流れと同様に進めます。
今度は逆の立場となり「申し出を受け入れる」「申し出を断る」「すぐには答えられない」ときの練習をします。

「申し出を断るとき「すぐには答えられないとき」などは国によって感覚が異なることもあり、「せっかく申し出をしてくれたのに断るのは失礼じゃありませんか?」といった質問が出ることもあります。
断りの表現を今までに教わってこなかったので、使い慣れていない、といった学生もいます。
そのため、ここではストラテジーごとに詳しい場面や例をあげながら進めていきます。

【セクション3「総合練習」】
①聞いてみよう(30分)

CDの会話を聞き、話者が「どのような申し出」をしていたかなど、テキストの質問に答える。答えを確認した後、スクリプトを見ながらもう一度会話を聞く。
スクリプトの中で、どの部分が「申し出をする」「申し出に答える」表現にあたるのかを確認させる。

次に1フレーズずつ教師が読み、学生にくり返させて発音やイントネーションを確認をした後、ペアになってスムーズに話せるよう練習をさせる。

クラスの様子:
CDの音声はテンポが速く、日本人が自然に使う呼びかけや感嘆表現などが多く入っていますが、大意を汲み取ることはそれほど難しくないようです。
会話練習の際は感嘆表現や語尾などを特に気をつけさせて、自然な会話ができるように練習をさせます。

②話してみよう(45分)

各ユニットに準備されたロールカードをもとにロールプレイをする。
ペアを組ませAとBそれぞれのロールカードを確認し、会話をさせる。一度会話をした後で、必要なストラテジーを加えたりしながら会話を完成させ、練習を行い、最後にクラス内で発表する。
発表の際に、発表を聞いている学生には良いと思った表現のメモを取らせる。

クラスの様子:
場面や状況などは指定されていますが、更に細かい設定などを追加して会話を作る学習者が多く、同じ状況でも学習者によって様々な会話が生まれます。
文法や表現についてはペア同士でアドバイスをしたり、一緒に考えながら修正をしていく場面が多く見受けられます。

基本的に教師は会話を作る段階では口を出さず、質問があればアドバイスをする程度に留めます。表現や文法的な修正は発表の最後に行います。

〇ロールプレイを用いた会話テスト 


ユニットの最後のロールプレイと同等のものを学期末に会話テストとして実施します。
全く同じではなく、立場や場面などは変えています。
公平に採点をするため、会話の相手役は教師が行います。

テスト開始時に「申し出をする側」「申し出をされる側」のどちらの立場で会話をするのかを指定し、役割や状況が書かれたロールカードを提示します。
会話の採点項目は「文法」「発音」「流暢さ」「談話構成力」「コミュニケーション能力」の5つを設けて採点を行います。

〇実際にテキストを使ってみて


学習者にとっては、場面や相手によって使い分けが異なる表現を細かく学んだり、もともと苦手としている敬語表現が出てきたりと、難しく感じる部分も多いかと思います。
テキストの解説だけではなかなかイメージが掴めないため、教師はそれぞれについて場面や会話例を多数紹介する必要があります。
なるべく学習者同士の会話の練習に時間を割きたいと思っていますが、教師が解説する時間もそれなりに必要です。
さらに学生が飽きないようにするための工夫も必要になってきます。

このテキストではペアで練習することが多く、学生同士で考え、アドバイスをしながら練習することで自発的に会話をしようというモチベーションを上げやすいと感じます。
ご紹介した授業について、学習者は会話場面を考えたり、発表したりすることについてはあまり抵抗を感じていない様子ですが、初級から中級前期でも4技能をバランスよく、また口頭コミュニケーション能力を上げる工夫を行っており、この授業の成果はその積み重ねによるところもあると思います。

また、言葉の表現だけではなく、日本人特有の人との距離感や相手の気持ちを察する感覚についても多く触れることができます。
学生が日ごろから疑問に思っている日本人の考え方などについては、一生懸命耳を傾ける学生も多く、彼らの今後の生活の中でも臆せずに日本人と会話ができるきっかけになるのではないかと思っています。

学習者からは今まであまり教わってこなかった「日本人が実際に使う表現」や「使わない方がいい表現」について学ぶことができ、ためになったという感想が多く出ました。
実際に学習者同士や教師との実際のやりとりもスムーズにできるようになっているように感じていますし、学習者自身もアルバイト先などで日本人とうまく会話できるようになったと実感しているようです。
定型文を丸暗記して使うのではなく、型が決まっていない会話を練習することで、会話力が身につくのではないでしょうか。

『新完全マスター語彙 日本語能力試験』を使った語彙指導の工夫 -N3レベルの授業を例に-

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特別連載 日本語教科書活用講座38 / 『新完全マスター語彙 日本語能力試験』を使った語彙指導の工夫

東京学芸大学留学生センター 特任准教授 伊能 裕晃

日本語能力試験のN3に合格するためには、どのように語彙を学んでいかなければならないのでしょうか。
ここでは、『新完全マスター語彙 日本語能力試験N3』を使った語彙指導のアイデアを「例文を作る」「学習者の母語を知る」「多様な練習を用意する」「実践的な練習を行う」の4つに分けてご紹介したいと思います。

1 例文を作る
文型を教える際と同様に、語彙を教える際にも例文は重要なものです。
自然で汎用性の高い例文は、語の意味や使い方を正しく理解する上で大変役に立ちます。
本書では、自然で汎用性の高い例文を作るために、インターネット上のコーパスを利用しています。

コーパスというのは、大規模な言語データーベースのことで、これを利用すれば、調べたい語について、組み合せて使う助詞は何なのか、他にどんな語が一緒に使われるのか、どんな文脈で使われるかなどがわかり、例文を作る際に必要となる情報が得られます。

例えば、「不満」という語を教えようと思ったとき、「不満を(  )」の(  )には、どんな言葉を入れて、例文を作ればいいでしょうか。
(  )に入るのは「言う」でしょうか、それとも、「聞く」でしょうか。

インターネット上のコーパスの一つに、国立国語研究所が中心になって作られたNINJAL(ニンジャル)という、初心者の方にも使いやすいサイトがあります。
このサイトを利用して、「不満」と一緒に使われるN3レベル以下の語を調べて見ると、最も使用頻度が高いのは、「持つ」で、2位は「感じる」となり、「言う」「聞く」といった語はこれらより下の順位になります。
つまり、日本語で「不満」という言葉を使って、文を作ろうとする場合、最も一般的に使われる語は、「持つ」や「感じる」だということになります。

日本語能力試験では、語彙の問題文の作成時にコーパスを利用していると言われています。
例文作りの際に、コーパスを利用しておくと、試験の際にも類似の問題文が出題され、受験生にとって、有利な状況になることも考えられます。
新たな語を導入する際には、ぜひコーパスを使って、複数の例文を作り、ご提示いただければと思います。

2 学習者の母語を知る
本書の語彙リストには、英語と中国語の翻訳がついています。
授業の準備の際に、特にご確認いただきたいのは、この翻訳です。例えば、本書において、「むく」という動詞の中国語の翻訳は、「削」となっていますが、さらに、この「削」を中日辞典で調べて見ると、「(刃物を使用して)削る」という語釈が出てきます。

中国語の「削」は、「(リンゴの皮をむく)」のように使われる一方で、「(鉛筆を削る)」のような意味用法をもっているのです。このように中国語の「削」と日本語の「むく」とは意味範囲がズレますので、注意が必要です。

翻訳は、語の意味を理解する上で大変役に立つものですが、翻訳だけでは正しい理解が得られない場合があります。
こうした問題に対処するために、私は、よく「辞書を二度引く」ということをしています。

例えば、中国語でしたら、日中辞典をまず調べ、次に、中日辞典を調べます。
こうすることで、ある語について、意味のズレはもちろん、「中国語では形容詞だが日本語では名詞」、「日本語では他動詞だけだが、中国語では自他両方で使われる」などといったこともわかり、非常に簡易な「対照言語研究」を行うことができます。

実は、日本語能力試験では、翻訳を覚えただけではわからない、この意味や使い方のズレがしばしば問われます。
中国語に限らず、学習者の母語に合わせて、「辞書を二度引いて」いただくと、教えるべきポイントがわかってくるのではないかと思います。

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3 多様な練習を用意する
(1)フランスの大統領が日本(  )訪問した。
(2)知らない人と話すと、緊張(して になって)、うまく話せなくなる。
(3)彼は、警察官になるための訓練を(受けて 聞いて もらって)いる。

上の例は本書の問題の一部ですが、それぞれ、助詞、用法、一緒に使う言葉(連語)など、語の性質を理解できるよう、個々の語の特徴に焦点を当てた練習問題となっています。
本書には、これ以外にも多種多様な問題があり、様々な角度から語の性質を学ぶことができるようなっています。

また、本書は、収録語数が1024語、収録問題数が1392問となっており、類書に比べ、圧倒的に問題数の多い教材だと自負しているのですが、それでも、1語につき1、2問しか練習問題がないわけですから、さらに問題があれば、望ましいことは言うまでもありません。

一つ一つの問題を作るのは、日本語教師の方であれば、それほど難しいことではないと思います。
コーパスで調べたこと、辞書を二度引いてわかったことなどを元に問題を補っていただければ、より正確に語の性質を学習者に伝えることができるようになるのではないでしょうか。

4 実践的な練習を行う
本書は、語彙を話題別に学習できる第1部と、副詞、オノマトペ、語形成など、語を性質別に学習できる第2部からなっています。
第1部では4、5課ごとに模擬試験形式の問題があり、ある程度学習を進めた後に語彙の定着確認を行います。
第2部では、模擬試験形式の問題「実力を試そう」が1課ごとについており、練習問題の後、すぐに、実践的な練習ができるようになっています。

この他に、第1部では1課ごとに1回、長い文章の中で、語をどう使うか学ぶための、語の穴埋め問題がついています。
問題文は数百字の長さなのですが、そのトピックは、「日記」「自分の町の紹介文」「料理の作り方」など多岐にわたっていて、学生の作文の見本にもなるよう、問題文が作られています。
試験対策の授業ではなかなか時間を取るのが難しいかもしれませんが、問題文を参考に、作文という形で、学んだ語を使って、自分のことを表現させてみてください。
作文を書かせることで、語を文脈の中で使う練習、また、語を使って、実際に自己表現をする練習ができるのではないかと思います。

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