―『みんなの日本語初級』を例に― パターン・プラクティス中編
第11回 自由でも放任できない自由会話―自由にするために必要な準備とは?
![荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編 荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/04/zoku_moshimo_nihongo.jpg)
日本語ボランティアの河田さんが日本語ボランティアを始めて、はや数ヶ月が経ちました。
まだまだ失敗をすることもありますが、初級の場合、学習者の運用力が目に見えて上がっていくので、自分でも少しは授業がうまくなってきたように思います。
今日の授業は、「辞書形」を教える18課です。生徒さんは、やっと混合クラス(第7回参照)から離れたインドネシアのジョニさん、ベトナムのグエンさんの2人です。
河田さんがいちばん心配していた辞書形の導入も、やさしい2グループ(例 食べます→食べる)、次いで特別な3グループ(来ます→来る、します→する)、最後に多様な1グループ(例 読みます→読む)の順に進めて、理解してもらいました。
滞日経験が長い学習者は、日常で辞書形を聞くことが少なくありません。ですから、ルールを理解しさえすれば、他の動詞も類推が利くし、また役立つ形だという意識があるためか、練習にも熱心に取り組むようです。
河田さんは思ったよりも早く応用練習まで終わってしまい、時計を見ると、授業の終わりまであと15分もありました。そこで臨時に、学習者に自分のことを自由に話してもらう「自己表現」を取り入れてみることにしました。
今日学習した例文の中から
○わたしの趣味は映画を見ることです。
を選ぶと、河田さんはさっそくジョニさんに聞きました。
―ジョニさん、ジョニさんの趣味は何ですか。
ジョニさんは、ジャワ島出身の人によく見られる人なつっこい微笑みを浮かべて、河田さんにこう答えました。
―はい、わたしの趣味は、卓球をすることです。
―ああ、そうですか。
そう言いながら、河田さんはいつもの自分の癖―会話をすぐ切ってしまうこと―に、気が付きました。授業で学習者と話す場合、教師はなるべく相手の知っていることばや文型だけで話を組み立てなければなりません。そのプレッシャーから、今までの河田さんは、生徒さんが何か質問に答えられると、それだけで話を切り、次の質問に行ってしまいがちでした。これが、授業が単調になってしまう原因だったのです。
ところが、たとえば先輩教師の今井さんは、生徒さんが何か言うたびに、やさしい日本語でそれに関連した質問を投げかけ、もっと多くのことを引き出しています。特に今井さんは質問のたびに数センチほど身を乗り出して体中で関心を示すので、生徒さんは妙に発奮し、単語や文型をフルに使って、懸命に話そうとしています。
そこで河田さんは、今日の授業のチャレンジはコレ! と心に決めて、ジョニさんに聞きました。
―ジョニさんは、あの、な、何曜日に卓球をしますか?
―はい、土曜日です。市民の森のジムです。
―それはいいですね。じゃあジョニさん、今度はグエンさんに聞いてください。
河田さんはそう言うと、手のひらをジョニさんからグエンさんに向けました。
これは、同じく先輩教師の平野さんから学んだ技法です。いつも教師だけが聞き、学習者だけが答えるという流れだと、会話の方向が単調になってしまいます。平野さんは、ある生徒さんに質問をしたあとで、しばしばその生徒さんを促し、別の生徒さんに質問をさせて、自分は2人の聞き役に回っています。同時に会話を聞きながら、生徒さんのミスのメモもしているようで、スキがないなあ、と、見学しながら河田さんはいつも感心しきりです。
ところが、グエンさんに聞いてくださいと指示されたジョニさんは、
―はい。…グエンさんは、何曜日に卓球をしますか?
と、質問をしました。
(ありゃま!)
河田さんは心のなかで焦りました。彼女がジョニさんにしてほしかった質問は、
―グエンさんの趣味は何ですか。
だったのです。ところが、話がいきなり卓球に絞られてしまいました。
河田さんは、気づきました。
平野さんの授業では、生徒さんに質問を促すときは、平野さんが言うべき質問の冒頭を少し言うことで、会話をコントロールしていたのです。河田さんにはそれがなかったため、ジョニさんは直前の質問を繰り返してしまったのです。
案の定、グエンさんは、
―いいえ、わたしは卓球をしません。
と、答えました。
ジョニさんはその返事を聞くと、改めて聞きました。
―じゃあ、グエンさんの趣味は何ですか。
(戻ったー!)
河田さんは安堵しましたが、いわば2人の話の流れに助けられたようなものです。
―はい、わたしの趣味は、映画を見ることです。
ジョニさんは、それは意外だ、という顔つきで、そのまま会話を続けます。河田さんは驚いたり安堵したりで訳が分からず、黙って会話の成り行きを見守っています。
―じゃあ、グエンさん、どんな映画を、見ますか。
―わたしは、ミュージカル映画が、好きです。
―じゃあ、レ・ミゼラブルを見たことがありますか。
(ありゃま!)
河田さん、再びびっくりです。
というのは、「~たことがある」は、次の19課の内容で、来週、導入に入るところだったからです。しかし、ミュージカル映画の話題で盛り上がっているインドネシア人とベトナム人は、ノンストップで口を動かし続けています。
―いいえ、まだ見ません。
ジョニさんは、グエンさんの答えを聞くと、
―じゃあ、今度、いっしょに行きましょう。
と彼を誘いました。
意外な成り行きに驚いた河田さんですが、そろそろ教師から何か言わなければ、と思い、
―ああ、いいですね、いっしょに…。
などと、曖昧に会話を終えようとしました。しかしその「終わりの合図」を、2人はまるで察しませんでした。グエンさんは手帳を取り出すと、
―ああ、先生もいっしょですね。いいですね。日曜日はどうですか。
と確認しました。ジョニさんは大きめのノートを取り出すと、
―はい、わたしも日曜日はいいです。先生は?
河田さんは、とまどいなど微塵も見せないにこやかな表情を作り、手帳を開きました。
次の日曜日の早朝は、相馬さんがオーストラリアから帰ってくる日です。彼を迎えに行って、そのままお昼でも食べようかと思っていた河田さんですが、彼も音楽好きなことに気づき、
―じゃあ、日曜日にしましょう。わたしの友だちもいっしょに、いいですか?
と答えました。ジョニさんもグエンさんも喜んで、日程を手帳に書き込んでいます。河田さんは自分のコントロールのなさに呆れたり、またことの成り行きに驚いたりしながらも、日曜日のスケジュールを入れてしまいました。
【どうする、どうして?】
河田さんがした工夫、つまり単調になりがちな問答の流れにアクセントを添えようとして、生徒さんに質問をする側に回ってもらったのは、悪いことではありません。しかし、自分が慣れていない方向に授業の舵を切ることは、多少の危険が伴います。自由な会話とは、脱線する自由もまた、多く孕んでいるのです。
それゆえ、外国語の授業で新しいことを試みる場合は、今回の河田さんのように思いつきではなく、脱線の可能性も含めて、いつも以上に詳しく教案を書き、時には目の前に学習者がいるかのように、自宅で予行授業をしてから授業に臨むことを勧めます。
もちろん、自由会話なのですから、この程度の脱線は当然として、どんどん話をさせる方向に持っていくという考え方もあります。特にボランティアの授業では、日本語を使って学習者と楽しい時間が過ごせればそれでよし、という考え方もあります。
しかし、楽しい時間であることを首肯しても、そこでの教師の役割は、何なのでしょうか。
自由会話とは、学習者の会話を放っておくことではありません。一見すると放っているようで、結果として教師の配慮が行き届いていることが理想です。
学習者にとっての授業とは、
○限られた時間で目標言語に関する最善のインプットとアウトプットを得る貴重な機会
と定義づけられます。その定義に即した形で授業を進めるための方策が、楽しい放任であって良いはずがありません。技量の差こそあれ、ボランティアもプロも最善を尽くすのは当然です。
多少の失敗はあっても、何か工夫を思いついたら、それを考え抜いて教案に書き、それをベースに授業を続け、その新しい枠組みを自分のものにしてしまいましょう。
荒川洋平 (あらかわ・ようへい)
東京外国語大学准教授(留学生日本語教育センター)。
専門はメタファー研究を中心とした認知言語学。
著書に『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』、
『続・もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』、
『とりあえず日本語で もしも・・・あなたが外国人と「日本語で話す」としたら』(弊社刊)
『こぐまのお助けハンドブック-悩める日本語教師たちに贈る』(アルク)、
『日本語教師のための応用認知言語学』(共著・凡人社)、『日本語という外国語』
(講談社)などがある。
荒川洋平先生の電子書籍
もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
続・もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら とりあえず日本語で〈デジタル版〉
第12回 考え方がわかれば自分で考えられる―上級文法は教えるより交通整理?
![荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編 荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/04/zoku_moshimo_nihongo.jpg)
日本語ボランティアの平野さんは授業を終え、帰り支度をしていた時、ボランティア仲間の相馬さんに会いました。どうやら偶然ではなく、平野さんを待っていたようです。
挨拶を交わすと、さっそく相馬さんは切り出しました。
―来週の授業なんすけど、あのう、ちょっと、トラが入っちゃって。
―トラ?
虎がどこに入ったというのでしょう。驚く平野さんに、相馬さんは説明を加えました。
―あの、トラっていうのはエキストラのことで、コンサートとかの助っ人のことです。アイドルのコンサートで、ギターがいないっていうんで、トラを頼まれちゃって、授業休みたいんです。
で、平野さんに俺の授業、1回だけやっていただけないかな、って……。
相馬さんのクラスは、上級です。上級の学習者を教えた経験がほとんどない平野さんはちょっと迷いましたが、これも経験か、と考えて快諾しました。相馬さんは手を合わせて感謝を示すと、ギターの入ったソフトケースを肩にかけると、待ち合わせていた彼女(=河田さん)と仲良く帰っていきました。
☆ ☆ ☆
翌週、平野さんは上級の授業に出向きました。相馬さんはコンサートのトラ、そして平野さんはいわば、相馬さんのトラです。
ボランティアの上級クラスは、教科書がありません(相馬さん曰く「勉強したいものを持ってきて、それを一緒にやるっす」)。学習者の2人はどちらも女性で、平野さんが教室に入ると、向かい合わせに座って、本を読んでいました。
―こんばんは。
平野さんが挨拶をすると二人は本を閉じて、軽く頭を下げました。
―お名前は?
二人は同時に話し始め、それに気づくとまた同時に手のひらを差し出し、互いに譲り合うようにしました。教室は和やかになりましたが、平野さんだけは、この物腰は明らかに初級とは違う、と気を引き締めました。
年上の女性は中国の王さんで都内の弁護士事務所に勤務、年下の韓国人女性は崔さんで、大学院で保険学を勉強しているそうです。
(相馬さん、凄い人たちに教えてたんだ……。)
―先生、あの、ここなんですけど……。
王さんは先ほどまで読んでいた新書のページを開き、平野さんに示しました。崔さんもそれを覗き込みました。何だか少人数の輪読会のようです。
―ここに「ああ言えばこう言うで、取り付く島もなく…」ってありますよね、
王さんは続けます。
―つまり、私が何かを言っても、相手はすぐ言い返して話にならない、ということですよね。でも、話し手にとっては自分のいる所はここ、相手は遠いからあそこ、じゃないでしょうか。どうして「こう言えばああ言う」にならないんでしょう?
―ちょ、ちょっと、待ってね。
初級では絶対に来ない質問に、平野さんは面食らって、メモを取り、自分の知識の確認も兼ねて、聞いてみました。
―目の前で起きていることじゃなくて、心の中で考えることを示すときの「コソアド」は、どんなルールだったかしら?
今度は崔さんが話し出しました。
―自分のことが「コ」になるのは分かるんですが、「ソ」「ア」はけっこう間違えます。
王さんも答えます。
―私もです。
平野さんも不確かになってきたので、一緒に確認をしようと、質問を投げました。
―いつも皆さんに教えているのは、相馬先生ですね。
―はい、あの先生はすごく親切です。
―そうですね。じゃあ王さんは今、どうして「あの」を使いましたか?
聞かれた王さんは、ここで止まってしまいました。代わりに崔さんが答えます。
―たぶん、私たちも、平野先生も、両方とも相馬先生を知っています、から?
(ひとつ確認できたかな?)
平野さんは頷くと、次の質問をしました。
―じゃあ皆さん、今井先生を知っていますか?
また崔さんが答えました。
―いいえ。その先生は、どんな先生ですか?
それを聞いて、王さんは納得した、というふうに人差し指を立てて、こう言いました。
―平野先生は、今井先生を知っています。そして、私たちは知りません。
平野さんは微笑みました。けれども、質問にはまだ答えが出ていません。
―じゃあ皆さん、「ああ言えばこう言う」の「ア」は何でしょうね? 自分が言ったことだけど、相手も聞いたことだから、どちらも了解していることで、「ア」じゃないかしら?
―じゃあ先生、「こう言う」の「コ」は?
王さんが聞くと、崔さんが意見を言いました。
―たぶん、「こう言う」は、今聞いたばかりのことで、心の中ですごく近いんじゃないでしょうか。
「ああ言えばこう言う」は不満を示すから、聞いている自分には嫌なことで、すぐ指させるような、心の近いところにあると思います。
王さんも考え考え、納得したようで、こう言いました。
―やっぱり、ちゃんと理屈がありますね。このことは前に読んだはずなんだけど、日常の話のときは自分で作ったルールで考えちゃうんで、忘れちゃいます。
それを聞いて、平野さんは疑問を感じました。
―王さん、自分でルールを作っちゃうんですか?
―あの、ルールって言っても経験から勝手に思ったことで、例えば「ア」のあとには、図書館とかデパートとか具体的なもの、「ソ」のあとには「その点」「そのくらい」とか抽象的なものが
来るとか、そういうことです。
それを聞いた崔さんも、
―良くわかります。私のルールは、具体的な場所の後は何も考えずに「で」、抽象的な場所は「に」です。いつもこの程度で済ませていたんで、今日はすごくいい勉強になりました。
☆ ☆ ☆
翌週、お礼を言いに来た相馬さんに、平野さんは言いました。
―相馬さん、凄く難しいこと、教えてるんですね。私、難しいことを聞かれて、頭の中、真っ白になっちゃって……。
―いえ、自分も聞かれても分からないことばかりっす。でも何か筋道立てられるようにお手伝いすると、あとは二人で考えてくれるから、ラクっすよ。
相馬さんはニコッと笑って、またギターのケースを背負うと、軽く頭を下げて、帰って行きました。その後姿を見送りながら、
(ラクをするっていうのも、上級ではアリかもしれない。)
と、ちょっと思いました。
【どうする、どうして?】
読者の皆さんのほとんどは初級の授業をしたことはあっても、中級や上級の経験は少ないと思います。特に上級は教材の数も少ないし、どうしたものか戸惑う方も少なくないでしょう。
わたしが初めて上級を担当したのは1988年、アメリカの大学で教えていたときでした。教案一つ書けずに困っていたとき、主担当のN先生が、日本語を教え込むより、「相手から日本語を引き出す気持ち」でやってみたら、というアドバイスを頂きました。
今回、平野さんは心の中の物事を示す(文脈指示)コソアドについて、ルールを教えるというより、疑問点の筋道を立てて、一緒に考える方法を取りました。上級話者の場合、日本語を使ってしている生活や仕事はかなり多様で、高度なものです。学習者の疑問のすべてについて知識を教えるのではなく、考え方の交通整理をしてあげるだけでも、ボランティアの先生としては充分すぎるほどです。
荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編は今回の第12回をもちまして連載終了いたします。ご愛読ありがとうございました。
スリーエーネットワーク
荒川洋平 (あらかわ・ようへい)
東京外国語大学准教授(留学生日本語教育センター)。
専門はメタファー研究を中心とした認知言語学。
著書に『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』、
『続・もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』、
『とりあえず日本語で もしも・・・あなたが外国人と「日本語で話す」としたら』(弊社刊)
『こぐまのお助けハンドブック-悩める日本語教師たちに贈る』(アルク)、
『日本語教師のための応用認知言語学』(共著・凡人社)、『日本語という外国語』
(講談社)などがある。
荒川洋平先生の電子書籍
もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
続・もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
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―『みんなの日本語初級』を例に― パターン・プラクティス後編
①新しい項目を、「本当にニホンゴだけで」導入したい!
![特別連載 日本語教科書活用講座⑮ /ニホンゴをニホンゴだけで教える = 「直接法」で「導入」する 特別連載 日本語教科書活用講座⑮ /ニホンゴをニホンゴだけで教える = 「直接法」で「導入」する](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
「先生、漢字を書いてください」
「英語でお願いします」
導入の真っ最中に、ぱらぱらと投げかけられるリクエスト。
うーん、応えてしまいそうになる誘惑をぐっと我慢し、
「ちょっと待ってください。それから、はい、〇〇さん、今辞書は見ないでください。あああ、△△さん、今はちょっと静かに、、、」
媒介語(字)を封じ、辞書を阻止し、しっかり予習している人をとどめ、学習者たちの顔に浮かぶ疑問符がフラストレーションに、、、ではなく、期待に変わるように仕向けなければ、と、授業はまさに正念場へ。
いやいや、そんな回りくどいことをせずに、漢字、書けばいいじゃないですか。わかっている人に、媒介語で説明してもらえばいいじゃないですか。英語、ちょっとぐらい使ったって、バチあたらないじゃないですか。
———たしかに。
でも、ちょっと待ってください。本当にニホンゴだけで導入したいという初心はどうなってしまうのでしょう。いくら「ちょっとぐらい」でも、もはやそれは、「直接法」とは言えないのではないでしょうか。
むしろ、学習者が「わからないところ」=「新しい項目」をニホンゴだけでやってこそ、「直接法」の真価が発揮される、のではないのでしょうか。
いやいや、そもそも、なんでそんなに直接法にこだわるのだ、という声が聞こえてきますね。
誤解のないように申し添えれば、媒介語、あるいはそれに準ずるもの(漢字もしかり、予習を織り込み済みにするのもしかり)を使う教え方はよくない、と言おうとしているわけではありません。学習者のタイプや要請、学習環境など、様々な条件により、どのような教授法を選択するかが決められるのは、自然なことだと思います。
ただここでは、あまたある教え方の中で、「直接法の立場」に立って、もっと言えば、なにやら前段と矛盾するようで恐縮なのですが、「直接法がいかに効率的かという立場」に立って、話を進めて行こうと思います。
まず、媒介語を使った場合の問題点からお話しします。
媒介語を使えば、確かに手っ取り早いですが、教師や辞書から与えられた訳は、定着度が低い。例えば、新聞やニュースによく出てくる外国語の言葉を、意味が覚えられず、出てくるたびに何度も辞書を引く、という経験はないでしょうか。
未知の表現に出くわしたとき、辞書を見れば訳語が載っている。
ほお、そういう意味か。
なるほどなるほど。
授業でも同様で、先生がささっと漢字なりで教えてくれれば、
ふむふむ。
わかった。
ああ、すっきり。
でも、ささっとわかったつもりのものは、ささっと忘れてしまう。しばらく経つと、また同じことの繰り返し。
では、媒介語を使わない直接法の利点は、どこにあるのでしょうか。
例えば、外国語の母語話者と話している時に出てくる、わからない言葉を、状況や文脈から必死に考え、意味の類推を繰り返した場合、苦労した分、記憶に残ります。外国にしばらく滞在していて、いつも出てくる意味の分からない表現が、何週間か、あるいは何か月かあとに意味がわかるようになった結果、様々な場面とともに、頭に定着している、といったようなケースです。
直接法の授業は、上記のように何か月かかかった理解の過程を効率化し、1回の授業で実現しようというものです。
媒介語を用いた授業が、訳語がインスタントに与えられ、学習者の努力が求められない、受け身の学習であるのに対し、直接法は、学習者が意味を前後関係からわかろうとする努力をしなければならない、能動的にかかわる学習です。
直接法の優位性は、能動的な学習によって、学習項目が記憶に残りやすいということだけではありません。学習者が、日本語教師ではない(学習者のレベルに合わせた、ティーチャートークをしてくれない)母語話者に囲まれた、現実のニホンゴの海に放り込まれたとき、類推する力、自ら切り開こうとする力をつける訓練にもなっている、ということです。
(繰り返しになりますが、どんな場合でも直接法が絶対だと言いたいわけではありませんので、念のため。)
今回は、ここまで。次回は、直接法導入の具体例を考えていきたいと思います。
項目は、「みんなの日本語」18課の、「〜ことができます」を取り上げますが、次の回までの、宿題を二つお出しします。
宿題1:導入に際し、提示する最初の文は、
①「〜ことができます」
②「〜ことができません」
のどちらにするか。
宿題2:「〜ことができます」の最初に提示する文に用いる既習動詞(「〜」にあたる部分)を次の中から1つ選ぶとしたら、どれがいいか。
①食べる ②話す ③泳ぐ ④開ける
さあ、何番がいいでしょう。なぜそれを選ぶのか、ということもあわせて、是非、考えてみてください。
では、また次回。
―『みんなの日本語初級』を例に― パターン・プラクティス完結編-1
②「~ことができます」を、「ニホンゴだけで」導入する
![特別連載 日本語教科書活用講座⑮ /ニホンゴをニホンゴだけで教える = 「直接法」で「導入」する 特別連載 日本語教科書活用講座⑮ /ニホンゴをニホンゴだけで教える = 「直接法」で「導入」する](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
まずは、前回の宿題の答えから。
宿題1:導入に際し、提示する最初の文は、②「~ことができません」にする。
え! 最初の提示文だから、やっぱり「~ことができます」なんじゃないの?
———はい。多くの場合、導入時に最初に示すのは、肯定の文ですね。例えば、「行きます」を導入するときは、やはり「行きます」という形からであって、わざわざ「行きません」から入るなんてややこしいことは、しないですよね。
平易・単純なもの(「行きます」)から始め、徐々に難解・複雑なもの(「行きません」)へと進めていくというのは、授業の基本。では、なぜ今回の「できます」は、「できます」という形から導入するのではなく「できません」からなのか。
話を分かりやすくするために、ここで少し寄り道をします。直接法で導入する場合の代表的なやり方の一つに、学習者が、ターゲットとなっている項目=表現を、使わざるを得ない状況に追い込む、というのがあります。
例えば、「~とき」の導入で見てみましょう。
教 師: いつ映画を見ましたか。
学習者: 先週見ました。
教 師: いつ日本に来ましたか。
学習者: 3か月前に来ました。
教 師: いつ絵本をたくさん読みましたか。*1
学習者:
<心の声:、、、エーット、絵本ッテ、、、読ンダノハ、子ドモノトキダカラ、、、イヤ、「子ドモノトキ」ッテ、何テ言ウンダ? ニホンゴデ、、、 ウーン、ドウシヨウ、、、ソウダ、30年グライ前ッテイウコトデ、、>
30年ぐらい前に読みました。
教 師: 30年ぐらい? 、、、31年前?32年前?、、29年前? 、、、〇〇さんは子どもでしたね。〇〇さんは、子ども、、、
学習者:
<心の声:ン? ヤッパリ「子ドモノトキ」ッテ言ワセタイノカ? デモ、「子ドモノトキ」ッテイウ言イ方、マダ習ッテナイジャン、、、エエイ!>
いつ、子ども、にい?絵本を読みましたぁ、、、
<ウーン、違ウ気ガ、、、>*2
教 師: 子どものとき、絵本を読みました。
学習者: コ、子どもノトキ、絵本を読みました。
<ハハァ、ソウ言ウンダ!>
*1から*2までのやりとりで、教師は学習者に、「~とき」ということを心の中でいわざるを得ない状況に追い込みます。
学習者が心の中で「~とき」と言うまでは、教師の側からは決して「~とき」を使ってはいけません。学習者自らが文脈から類推し、答えを見つけるのを待ち、心の中で叫んだな、と見なした瞬間に、初めて教師が「~とき」の表現をかぶせる ——— こういったプロセスが、前回お話しした、学習者の類推を促し、能動的に学習にかかわる機会を提供することになる、というわけです。
では、同じことを「~ことができます」でやるとしたら、どうすればいいでしょうか。
例えば、泳げる人と、泳げない人の絵を用意して導入する、とします。
この場合、泳げる人の絵だけでは、「できる」という概念は読み取れませんね。泳げない人との対比があって初めて、こちらの人は「できる」、こちらの人は「できない」ということがわかります。
教 師: (泳げる人の絵を示しながら)〇〇さんは、、、
(泳げない人の絵を指しながら)△△さんは、、、
学習者: 〇〇さんは泳ぎます? △△さんは泳ぎません?
教 師: いいえ、、、〇〇さんは、、、
学習者:
<心の声: ハ? 何ヲ言ワセタインダ? 〇〇サンハ水ガ好キ?△△サンハ水ガ怖イ? ソレトモ、、、>
〇〇さんは泳ぎます、上手です! △△さんは下手です!
おっとっと、こうなってしまうと、教師は次に打つ手が、、、同じたぐいの絵を見せたり、身振り手振り(?)を入れたりしても、同じことの繰り返しで、学習者は追い込まれない。学習者は、教師の意図がつかめず、当てずっぽうにあれこれ言うだけで、「できる」という概念にたどり着くのは、難しい。たどり着けたとしても、学習者が心の中で「できる」と言っているのかどうか、今度は教師の方が、判断できない。
ちょっと待った。だいたい導入って、最初に、絵を指し示しながら「泳ぐことができます」ってやるんじゃないの? って思った方、いますよね。はい。そういうやり方もありますね。
でも、そういうやり方をしたとしても、結局は同じこと。学習者は口では「泳ぐことができます」と言わされても、意味がとらえられなければ、心の中で「泳グコトニ得意ニナッテイル」なんて言っているかもしれない。意味を間違えたまま「ことができます」と繰り返し言わされるとしたら、、、うーん、結構危険だと思いませんか?
じゃ、どうすれば? 動詞を変える? とりあえず、「泳ぐ」はやめて「話す」にしたとして、、、でも、上のやり方じゃ、結果は同じですよね、、、学習者を言わざるを得ないところまで追い込むには、、、
教 師: 〇〇さん、スペイン語を話してください。
学習者: いいえ、私はスペイン語を話しません。
あれ? そうか、学習者の母語によっては、こういう言い方できちゃうんだった、、、だめか、、、
、、、ですね。ただ、相手ができないことを要求する、というアプローチをすると、学習者は<ソンナノデキナイヨ>というところに追い込まれる。
逆に、学習者に<ソンナノデキルヨ>って言わせるのって、結構大変じゃないでしょうか。
そうです。「できる」の項目で学習者を追い込みやすいのは、<デキマス>よりも<デキマセン!>。で、宿題1の答えが、最初に提示する形は「~ことができません」。
よし、アプローチはいいわけだから、問題は動詞ですね。
、、、と、ここで、今回は終了です。
さて、宿題2の答えは「食べる」でしょうか、「開ける」でしょうか。
答えは次回に。
今回も宿題を二つ。
宿題3 導入で扱いやすい他の初級動詞はどんなものがいいか。
宿題4 みんなの日本語18課では「辞書形」が初出だが、「辞書形」を導入・練習した後で「ことができます」に入るべきか、あるいは、両者同時に導入してもかまわないか。
ではまた次回。
―『みんなの日本語初級』を例に― パターン・プラクティス完結編-2/2
③「~ことができます」を、「ニホンゴだけで」導入する その2
![特別連載 日本語教科書活用講座⑮ /ニホンゴをニホンゴだけで教える = 「直接法」で「導入」する 特別連載 日本語教科書活用講座⑮ /ニホンゴをニホンゴだけで教える = 「直接法」で「導入」する](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
教 師: 〇〇さん、この本を食べてください。
学習者: <心の声: ハ? 本ヲ食ベロ? 何ノ冗談ダ?>いいえ、食べません。
教 師: どうぞどうぞ、食べてください。
学習者: <オイオイ、、、>いいえ! 食べたくないです。
教 師: あ、じゃ、机を食べてください。
学習者: <アノネ、机ナンテ食ベラレルワケナイダロ。ダイタイ噛ミ切レナイデス、コンナモン>いいえ! あ、あの、歯、歯が痛いです。
教 師: うーん、消しゴムを食べてください。
学習者: <ナニ? 今度ハケシゴム? モシカシテ、イジメカ?>いいえ、好きじゃありません! 消しゴム、食べます、お腹痛いです! 嫌いです!
・・・うーん、、、なかなかうまく行きませんね。この「食べる」という動詞、ちょっとやっかいです。日常で使われる場面を想像してみてください。話者が「食べることができない」と言うとき、「食べたくない」という意味だったり、「噛み切れない」「飲み込めない」ということだったりして、額面通り「食べることができない」という意味だとは限らないですよね。———「食べる」という行為には様々なことが「付随」(?)しているため、上記のようなやり取りに陥りかねないのです。
ということは、動詞は、できるだけ余計な「付随物」のない、例えば手を使って単純に行うような動作がいい、ということになります。
例えば、「開ける」。(ようやく前々回の宿題2の答です。大変お待たせしました。)
教 師: 〇〇さん、その窓を開けてください。
学習者: <アレレ、コノ窓、開ケラレナイゾ、、、>あのう、、、開けません、、、
教 師: は? 早く早く、開けてください。
学習者: <ダカラァ、開ケルコト、デキナインダッテバ!>開けます、えー、ません、、、
教 師: 開けることができません。
学習者: 開け?ことができません?、、、<オ! コレッテモシカシテ、「デキナイ」ッテ意味?>
さて、導入の途中ですが、ここで前回の宿題3、「導入で扱いやすい他の初級動詞はどんなものがいいか。」を考えます。
上記のように、学習者が「デキナイ」というコンセプトを理解し始めたら、引き続き他の状況、すなわち他の動詞を提示することで、学習者の類推が間違いなく「デキナイ」という地点に向かうように導くことが必要です。
「開ける」同様、手を使ってシンプルにできる初級動詞は、、、
教 師: この本(みんなの日本語・本冊)を、ポケットに入れてください。
学習者: エ?
教 師: 早く! シャツのポケットに入れてください。
学習者: <ソウカ、サッキノ、、、>えー、入れろ?こと?できません、、、
教 師: (大きくうなずきながら)ああ! そうですか、、、入れることができません、か、、、すみません。*1
じゃ、〇〇さん、はさみでこの机を切ってください。
学習者: あー、切って?ことができません、、、
教 師: ああ! そうですか、できません、、、
(「開ける」→「入れる」→「切る」と来ましたが、ここで大事な点を一つ。一つの動詞のやり取りが終わったら、間髪容れずに次の動詞を繰り出さなければなりません。間が空くと、学習者の想像力があらぬ方向へ行ってしまい、せっかく理解しかけた「デキナイ」という概念が、雲散霧消となりかねないからです。)
この辺まで来ると、学習者は(動詞の形はともかく)「デキナイ」という表現をだいたい理解できるようになってきていますよね。
いやいやちょっと待て、動詞の形はともかくって、形、直さなくていいの?
はい、ここで前回の宿題4、「みんなの日本語18課では「辞書形」が初出だが、「辞書形」を導入・練習した後で「ことができます」に入るべきか、あるいは、両者同時に導入してもかまわないか。」について。
まず、「辞書形」を導入・練習する、ということは、「開けます」を「開ける」に機械的に直す、ということが考えられますが、ただ「開けます」を「開ける」に変えるって何のため?という疑問を、学習者が抱いてしまうことはないでしょうか。
いや、「辞書形の勉強です」と宣言して練習すればいいんじゃないの?
はい。そういうやり方もありますね。でも、今進めているのは「直接法」の授業。「直接法」の真髄は、学習者が状況から類推し、意味にたどり着くことです。そう考えると、「辞書形」の存在理由がわからないまま、形のみを繰り返させることは、類推とは縁のない、いわゆる「文法」の授業になってしまいます。(もちろん、形から入るやり方がだめだと言っているわけではありません。学習者によっては「辞書形」と銘打って始める方が合っている場合もあると思います。)
つまり、ああ、「デキナイ」のときには、こういう形(「辞書形」)になるんだ、ということを理解してもらうのが、より直接法的なアプローチなわけです。
で、さっきの「デキナイ」の導入段階では、教師は学習者の形の間違いは訂正しない。いかにも「訂正」というやり方(正しい形を繰り返し言わせるなど)をせず、*1のように、やり取りの中に、自然な会話を装い、さりげなく正しい形を入れ込む程度に抑えることが肝要です。
なぜかというと、導入しているのは「デキナイ」という概念であって、辞書形ではないからです。むやみに形を直してしまうと、形に気を取られ、導入の眼目である「デキナイ」がぼやけてしまう。
「デキナイ」という概念が定着したな、と思ったら、「デキマス」へ。さらに、他の動詞、例えば「食べる」や「話す」などに移行します。
この、動詞を広げていく段階になって初めて、「辞書形」の「形」を意識させることができます。
「デキマス」が定着しさえすれば、制約なく動詞を広げられると同時に、安心して「辞書形」の練習もできる、というわけです。
例えば、文に用いる動詞を、活用別に提示、間違えたらしっかり訂正する。導入時と同様、常にインタラクティブなやり取りに徹し、、、
おっとっと、ここから先は、もはや導入の次の、定着練習の段階ですね。
「直接法」で「導入」する。今回は以上でお開きです。では。
私にとってのマイク・ミラーさん
![特別連載 日本語教科書活用講座⑯ /物語としての『みんなの日本語』 特別連載 日本語教科書活用講座⑯ /物語としての『みんなの日本語』](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
東京HOPE日本語国際学院 教務主任 渡邊一彦
「マイク・ミラーさんとは?」
『みんなの日本語初級』は多くの日本語学校、日本語学習者に用いられており教師にとっても馴染み深い教科書です。日本語学校の教師としてはこの教科書を用いて学習者の日本語能力を向上させることを目的としているわけですが、登場人物の「マイク・ミラーさん」自身も日本語学習者の一人であり、『みんなの日本語初級』はミラーさんの日本語学習の物語としての側面も持ち合わせています。
以下『初級Ⅰ』『初級Ⅱ』それぞれ第2版に準拠してお話ししたいと思います。
ミラーさんには大きな夢があります。
それは「アフリカへ行くこと」(50課)です。「動物が好き」(50課)で「料理が上手」(9課問題2-3)な28歳のアメリカ人男性が来日し、コンピュータソフトウェアの会社である「IMC」で働きながら日本語を学び、さまざまな人々との触れ合いを通して夢を叶えていく姿は、日本語学習者にとっての一つのロールモデルといえるでしょう。
「学習者としてのマイク・ミラーさん」
ミラーさんは会社員ですから日本語学習に割ける時間はそれほど多くないはずです。平日は「毎朝7時に起き」て「12時に寝る」規則正しい生活を過ごしており、「土曜日の朝、図書館へ行き」(6課)勉強していることがうかがえます。
また「漢字を読むことができる」(18課)ので非漢字圏の学習者としても相当な努力をしているのでしょう。
「大学でドイツ語を勉強した」(副詞・接続詞・会話表現のまとめⅡ)経験が日本語学習に生かされているのかもしれませんし、東京へ転勤後は早めに出勤し「会社でコーヒーを飲みながら日本語の勉強」(28課問題2-3)をするなど、「時間の使い方が上手」(21課)なのです。
ミラーさんは短期的には日本語の試験での好成績を目標としています。
「英語の会話の先生になってほしい」(28課)という小川幸子さんの依頼を、仕事の忙しさとともに日本語の試験が間近であることを理由にやんわりと断っていることからもこの目標にぶれは見られません。
そして遂には忙しくてなかなか時間がとれないなかでも「スピーチコンテストで優勝」(50課)して賞金を得ます。
夢である「アフリカ行き」が叶うのです。スピーチの内容もさることながら、日本語能力も相当レベルまで向上したといえます。
「マイク・ミラーさんも普通の人間」
日本語の学習の面だけを見ると、ミラーさんは特別な人、スーパーマンだからと思われてしまうかもしれません。
しかし『みんなの日本語初級』には、ミラーさんのみならずそれぞれの登場人物の人間味を感じさせてくれる印象的なエピソードが披露されています。
例えばミラーさんも28歳の青年、女性にまつわるエピソードです。
IMC大阪の同僚、佐藤けい子さんから花見に誘われ快諾(6課)していますが、(おそらく)二度目の誘い(副詞・接続詞・会話表現のまとめⅠ)は友達との約束を理由に断っています。
これは「クラシックコンサートに誘ったものの断られた」(9課)木村いずみさんと関係があるのではないかと思われます。
IMC大阪の山田一郎さんが、木村さんを呼んだ自宅でのパーティーにミラーさんを招待する(14課問題3-2)など手助けしてくれたからか、二人で映画を見ることはできました(15課)。
その後も「初詣の写真をメール」(20課)するなどアプローチをかけていますがミラーさんは東京へ転勤することになります。
ところが「昨年の夏に英語クラスを受講したことがきっかけで木村さんとワットさんが結婚する」(41課)に至りました。
健気にもミラーさんは披露宴の席でワットさんに向けて「『すてきな人と結婚する方法』という本を書いてほしい」と祝福のスピーチを行いますが、そういえばこの前後の時期、ミラーさんは「病院で薬をもらった」(34課問題2-3)り、「ケータイを持たずに出勤した」(39課)り、「コートのボタンがとれそうだ」(43課)ったりと傷心状態でした。
それを振り切るためにも「マラソン大会に参加」(45課)したのかもしれませんが、2位という好成績にも残念がる理由が何となく頷けます。
「さまざまな顔を持つマイク・ミラーさん(と仲間たち)」
私はミラーさんに対して積極的な人物という印象を持っています。
しかし「テニス・運転・料理・サッカー・ダンスはでき」(18課)ますが「歌は上手ではない」(9課)人ですし、「山より海が好き」(12課問題2-2)で「ワイン・花・カードをプレゼントする」(24課)など各課における言動や出来事から受ける印象は人によって異なるでしょう。
実はミラーさんは旅行好きであり、とりわけ京都には思い入れがあるようで「祇園祭」(12課)、「神社への初詣」(20課)、「桜見物」(復習F)と少なくとも3回は訪れています。
「ミラーさんはいつも忙しいですね」と言う学習者も少なくありません。
学習者にとってはミラーさん以外にも印象に残る人物やエピソードはいろいろあります。
シュミットさんが帰国した(50課)ことを「仕事のストレス」(32課)が原因だと指摘する学習者もいましたし、好意を持つ同僚の渡辺あけみさんが婚約したことを知り「僕は仕事が恋人です」という名台詞を残したパワー電気の高橋透さん(47課)に対しては、思わずニヤリとする人もいれば、これを詩的な表現だと感じる人もいました。登場回数という記録よりも、記憶に残る人物だといえるでしょうか。
『みんなの日本語初級』の学習を進めていくと彼ら登場人物たちの個性が透けて見えてくるようで、多くの人々に親しまれている理由の一つではないかと思います。
「同僚との食事」(13課)、「引っ越しの際の手続き」(26課)、「友人宅への訪問」(30課)や名所旧跡での観光などミラーさんの関わる出来事に限っても日本生活で求められる知識や習慣などが学べるようになっている『みんなの日本語初級』ですが、実はなかなか個性豊かである登場人物、とりわけ主人公であるマイク・ミラーさんとともに私たち教師と学習者が作り上げていく物語ではないかと思います。
最後に21課練習B2-3「あしたは『ヨーネン』と『アキックス』とどちらが勝ちますか。」という設問(ちなみに『ヨーネン』はチョコレートの会社、『アキックス』は靴のメーカーです)、私はサッカーの試合だと解釈していますがいかがでしょうか。
物語を彩る名バイプレーヤーたち
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東京HOPE日本語国際学院 教務主任 渡邊一彦
「みんなが主人公」
『みんなの日本語初級』においては、マイク・ミラーさんをはじめとした登場人物たちが日常遭遇するであろうさまざま状況に日本語で対応しており、学習者もそんな彼らの姿を通して表現等を学び日本語能力を高めていきます。
そして登場人物たちは皆、豊かで良好な人間関係を築いており、それが日本語学習の一助となっているように思えます。
『みんなの日本語初級』の主人公がマイク・ミラーさんであることに異論はありませんが、その他の登場人物たちにもそれぞれの人生があります。
誰もが『みんなの日本語初級』には欠かせない人々ですが、中でも二人の人物に着目してお話ししたいと思います。
「陰の功労者―山田一郎さん」
私の経験の中では実際の学習者たちにはそれほど強い印象を持たれていないようなのが残念でならないのですが、『みんなの日本語初級』が映画だとすれば、エンディングクレジットに最後に表示される出演者は山田一郎さんではないかと私は考えています。
それは外国人との交友関係を誰よりも幅広く築いている日本人だからです。
まず山田一郎さんが妻の友子さん(アップル銀行勤務)、息子の太郎ちゃん(8歳)と暮らしているマンションの隣室にサントスさん一家が転居(2課)してきます。
ほどなくサントスさん夫妻を自宅に招き(7・8課)、家族ぐるみの付き合いへと発展していきます。
夏休みには友子さんの実家にサントスさん一家を招く(14課)ほど親密になり、太郎ちゃんもサントス家の娘テレーザちゃんに花をあげる(24課)など恋心を抱いたふしが見られます。
勤務先のIMCにおいては同僚のマイク・ミラーさんと時には昼食をともにしています。
独身のミラーさんが980円のてんぷら定食を注文したのに対し、700円の牛丼を頼んだ一郎さん(13課)が物悲しくもありますが、ミラーさんを自宅へ招く(副詞・接続詞・会話表現のまとめⅠ)などプライベートでの付き合いもあり、太郎ちゃんもミラーさんと図書館でビデオを見たり(7課)して慕っているようです。
また、自家用車まで貸して引っ越しを手伝う(24課)などワン・シュエさんとも親しくしているようです。
その引っ越しにはカリナさんも手伝いに来ているので彼女とも知り合いではないかと思われます。
さらに、IMCとパワー電気が取引関係にあることが推測される(49課問題2-4)ので、カール・シュミットさんとも面識があるのかもしれません。
そんな山田一郎さんの生活が一変したのではないかと危惧される出来事がありました。
IMCを辞めたという男性とその妻の心情に関する記述(復習F)によれば、ロボットを作る会社に転職し東京に住んでいるというのです。
IMCは有名じゃない(8課)ですし、夏休みが4日しかない(第13課問題2-3)ことが不満で山田さんは退職したのかとも考えましたが、山田家には「10歳の子ども」はいないですし、「ダンスが趣味」なのは友子さんではなく一郎さんのはずだから(9課)退職した人は山田一郎さんとは別人だろうと安堵した次第です。
何はともあれ、これだけ多くの外国人と親しく接してくれて日本語教師としては感謝の言葉もありません。
「留学生の鑑―タワポンさん」
日本語学校の学習者は留学生が大半を占めていると思います。留学生たちはやはり日本語学校の学生であるタワポンさんの動向に注目しており、最も関心を寄せているのが「どうやって日本人の友人を作ったのか」という点です。
タワポンさんがタイ語を教えている「鈴木さん」(復習B)、駅で待ち合わせている「佐藤さん」(9課)、富士登山に誘ってくれた(20課)り、自宅へ招いてくれた(復習F)「小林君」など、日本学校時代にすでに知友を得ています。
さくら大学における(おそらくは)発表会の場で知り合ったカリナさん(復習A)を通じて富士大学の学生たちと友人になったのかもしれないですし、アルバイト(9課)先で知り合ったのかもしれませんが、子どもに人気がある(38課)タワポンさんの人柄も大いに関係していることでしょう。
そして『初級Ⅱ』でさくら大学に進学したことが明らかになると、学習者たちは「おお」という感嘆とも溜息ともつかぬ声を漏らします。
さくら大学でも、レポート作成を急いだほうがいいと気にかけてくれる「女性」(31課問題2-3)がいますし、友達と行くスキー旅行についての相談をしたりして(35課)「鈴木さん」との付き合いも続いているようです。
むしろ日本人の知り合いのほうが多いのではないかとも思えます。
カラオケが好き(47課)で、試験に名前を書くのを忘れたり(復習J)するタワポンさんですが、かつては日曜日にどこへも行かずに勉強(5課)したほどの努力家ですし、「アニメ」という趣味(47課)を通して交友関係を広げたのではないかということと日本語教室に参加する(50課)という積極的な姿勢を留学生にはぜひ参考にしてほしいと思います。
「きょうもどこかでだれかが」
『みんなの日本語初級』の登場人物や出来事には日本語学習者が自身を重ね合わせられる部分が数多くあります。
私たちが日々接している学習者たちが、私たちの暮らすこの街のマイク・ミラーさんであり、その仲間たちなのではないでしょうか。
そして『みんなの日本語初級』では今日も誰かが「みどり図書館」(23課)で日本語を勉強し、「はる」(35課)で髪を切った後には「ABCストア」(12課)で買い物していることでしょう。
体調を崩しても「神戸病院」(21課)なら安心ですし、きっと4月1日のジョン・ワットさんと木村いずみさんの結婚記念日(47課)には仲間が集まり「つるや」(35課)でパーティをしているのでしょう。
非漢字圏学習者、初級日本語クラスでの工夫 ベトナム人学習者を例に
![特別連載 日本語教科書活用講座⑰ /非漢字圏学習者、初級日本語クラスでの工夫 ベトナム人学習者を例に 特別連載 日本語教科書活用講座⑰ /非漢字圏学習者、初級日本語クラスでの工夫 ベトナム人学習者を例に](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
東京語文学院日本語センター 専任講師 生方恭子
初級日本語クラス、非漢字学習者を迎えての現状
当校ではベトナム人学習者が2013年1月に15名、4月に40名、7月に30名程入学し、漢字圏の学習者と人数が逆転しました。今年1月にも30名程入学し、ベトナム人を主としたクラスが現在8クラス、主に専門学校や大学進学を目標としています。
当校での非漢字圏クラスは初めてだったため、スリーエーネットワークの勉強会で校外の先生方にいろいろなご意見を伺ったり、校内の先生方にご協力いただきながら、試行錯誤しながらやっと1年が過ぎたところです。
工夫その1 卒業までの予定と進度を提示
漢字圏の学習者は文字を書いて覚える習慣があり、ひらがなカタカナの習得も速く、漢字の読み方がわからなくても意味がわかるため文字学習にそれほど日数を要しないのに比べ、非漢字圏の学習者は、ひらがなカタカナ漢字を見ても同じような図形にしか見えないようで、文字の習得に時間がかかります。
また、日本留学試験、日本語能力試験では聴解、読解が重視される傾向にあるため、特に読解に関しては非漢字圏の学習者の場合、漢字がわからなければ文意がとれないという状況になります。
そのためさらに漢字学習に時間がかかり、漢字圏の学習者に比べてどうしても進度が遅くなってしまいます。そのような現状を踏まえた上で、学習者自身の進学や試験への意識付け、自分がどの過程にいるか自覚することを目的に、進度の目安として以下の表を各教室に貼り出し、各学生に配付、説明しました。
その結果、意識の高い学習者は試験対策や進学先の情報について質問してくるようになりました。のんびりと構えていた学習者も、進学までにしなければいけないことを理解したようです。
工夫その2
1)入門期
冊子を作成し、ベトナム語訳をつけて5~7日程学習します。
冊子の内容は、ひらがなカタカナ一覧表、あいさつ、尋ねる言葉、お金、時間、学校の電話番号と住所、緊急時の言い方と、教室の言葉、自己紹介、買い物、欠席連絡のミニ会話等を学習します。まずは日本語に慣れることを目的としており、実際に学生を店に連れて行き買い物をした時は、単語ながらも言葉が通じたという達成感を持つことができたようです。この時期にひらがな、カタカナの学習も始めます。ひらがなとカタカナの学習には10~15日ほどかけます。
2)『みんなの日本語初級』へ
①『みんなの日本語初級本冊』 発話量と語彙学習に重点を。
漢字圏の学習者と違う点は、より発話を多くすること、語彙の復習を毎日する点です。
また、課の終わりには文法チェックシート(『みんなの日本語初級 書いて覚える文型練習帳』)で何を学習したか全員で確認し、さらに『〃標準問題集』も利用しています。学習する文型は、その課の重要文型のみで、他の用法やそれに関連する「練習C」を割愛するクラスや、語彙テストを実施しているクラスもあります。
本冊の「文型」にあるものは全て重要ですが、他の言い方で代用できるもの、学習者が生活上あまり使用しないものやフレーズで覚えればいいもの(例えば11課「助数詞」、15課「住んでいます」、「知っています」、21課「~でしょう?」、22課「連体修飾」、26課「~んです」、36課「~ようにしてください」、41課「~してくださいませんか」等)は、理解にとどめる程度でいいかと思います。
当校の場合、漢字圏クラスは1課あたり2~2.5日なのに比べ、非漢字圏クラスは漢字学習やディクテーションなどに1コマ程かけているため、本冊Ⅰでは1課あたり3日、Ⅱでは4日かかる場合があります。クラスによっては3課終わるころには2週間以上かかってしまう場合もあるため、アチーブメントテストは漢字圏では3課ごとにルビ無しで実施していますが、非漢字圏では2課ごとに総ルビで実施しています。
また、漢字圏の場合は『Ⅰ』、『Ⅱ』を6~8カ月で学習、非漢字圏の場合は10~11カ月程で学習し、それぞれの修了時には修了テストを実施しています。漢字圏はルビ無し、非漢字圏はルビ付きですが、修了テストの問題を漢字圏、非漢字圏クラスとも同じ問題にしたところ、どの構成のクラスでも、ある程度客観的に定着度が測れるようになったと思います。
②漢字 時間をかける、声にする。読めること慣れることを目標に。
『みんなの日本語初級 漢字練習帳』Ⅰ、Ⅱを本冊の4、5課あたりから導入しています。導入に2日、読む練習、書く練習、テストを各1日で進めています。フラッシュカードでのコーラスや読む練習の音読をし、書けることより、読めることと漢字に慣れることを重視しています。テストは20問(読み15問、書き5問)ですが、クラスによっては出題される漢字を前日に練習する場合もあります。
「漢字は難しい」といった苦手意識が非常に強いので、導入時には、どんなひらがなやカタカナが隠れているかパズル感覚で考えさせたり、画数を教えてどこからどうやって書くか、みんなで考え、空書きさせてから実際に書かせたりしています。また、漢字に対応するベトナム語も教えています。これは、習った漢字で構成されていれば、未習の漢語でも意味を類推できるようになることを期待しています。
当校では、これから初中級に進む学生が主ですが、習得が速い学生はその傾向が少しずつ出てきているようです。
③読解 『みんなの日本語初級 初級で読めるトピック25』を利用
未習語彙は全てベトナム語訳をつけ『みんなの日本語初級 初級で読めるトピック25』を利用しています。『みんなの日本語初級Ⅰ 初級で読めるトピック25』は本冊の進度より2~5課遅れた課を読むようにしています。この方法だと本冊での既習文型や語彙の確認ができ、学生も比較的スムーズに読めるようです。
また、漢字練習帳で学習した漢字はルビを消して読み、漢字の復習としても利用しています。『〃Ⅱ』になると文章量が増え、ついてこられない学習者も出てくるので、N5、N4レベルの問題を読むクラスもあります。
④その他
10mm方眼ノート(中線入り)を配付しています。これは文字のバランス、促音、拗音、句読点等の意識付けや、将来的には作文、日本留学試験の筆記、志望理由書などを、マス目にきれいに正確に書くために使用しています。
ノートには毎日、語彙、既習文型のディクテーションを本冊の「練習B」からいくつか抜粋したり、「問題1」を口頭で答えた後に質問、答えともに書かせています。最初は文字を1マスに書けない学生も多いですが、毎日続けるうちに徐々にマス目にも慣れ、書く速度が速くなり、特殊音なども正確に書けるようになってきました。
ノートを利用することで、学生は復習でき、教師も学習者の間違いやすいところや癖を把握するのに役立てているようです。
日々試行錯誤の連続ですが、一人でも多くの非漢字圏の学習者がそれぞれ自己実現、または自己実現に近づけるように、更に勉強していきたいと思っています。
読んでくださった方々に少しでもお役に立てたなら幸いです。
『みんなの日本語初級 翻訳・文法解説』を使いこなす-学習者の上達と教師の力量アップ-
![特別連載 日本語教科書活用講座⑱ /『みんなの日本語初級翻訳・文法解説』を使いこなすことが、教師の力量を高め、学習者の上達につながる 特別連載 日本語教科書活用講座⑱ /『みんなの日本語初級翻訳・文法解説』を使いこなすことが、教師の力量を高め、学習者の上達につながる](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
国際日語教育学院 教務主任 神部秀夫
『みんなの日本語初級 第2版』の本冊が出版されるとともに、準拠の『みんなの日本語初級 第2版 翻訳・文法解説』(以下、『翻訳・文法解説』)』も改訂されました。また第2版では、ベトナム語版の『翻訳・文法解説』が出版されました。ここでは、『みんなの日本語初級』の『本冊』と『翻訳・文法解説』とをどのように使っていけばよいかについて述べていきます。その前に以前の スリーエーネットワーク日本語・外国語図書目録(2007年)で『翻訳・文法解説』について述べた内容を簡単に記しておきます。
●『翻訳・文法解説』は与えずに『本冊』だけを与えるという考え方がありますが、それはお薦めできません。『翻訳・文法解説』も持たせて学習した方がいいです。
主な理由は次の二つです。
①『本冊』だけでは自宅での学習が難しいからです。授業中の教師の板書をノートに書き写しておいたとしてもそれだけを基に文法の体系的な理解を学習者に望むのは現実的ではありません。
②日本語学校ではほとんどの学校がチームティーチングをしていると思いますが、教師間には力量の差があって学習者の既習語彙だけで文法を説明できる教師もいますが、そうではない教師もいます。それを補うのが『翻訳・文法解説』なのです。
●『翻訳・文法解説』を与えると学習に弊害があるのではないかと考える方がいますが、それは教師の力で防ぐことができますし、そうしなければなりません。
ポイントは「見てもいいとき」と「見てはいけないとき」のメリハリをきちんとつけることです。授業中に『翻訳・文法解説』を開いたまま、それを見てばかりいるから、教師の発話を聞いていない、集中していないという話をよく聞きます。しかし、その問題は教師が「授業中は『翻訳・文法解説』は閉じる」と指示をして、「もし見ていたら閉じさせる」ことを実践すればよいのです。与えることの弊害を心配するより、弊害をきちんと防ぎ、効果的な活用法を考えるほうが教師にも学習者にも有益なことです。
●『翻訳・文法解説』を持つことが学習の拠り所となります。
授業の中だけで全てを理解する学習者はいません。課題をしたり試験に備えて準備することが必要です。その際に『翻訳・文法解説』は自宅学習での拠り所となります。
本冊だけやノートがあっても自宅学習がスムーズにいかないのは先に述べた通りですが、昨今、ベトナム人学習者が大幅に増えていることを考えると、彼らの場合、ベトナム語の辞書や文法書などは、もともと種類が少ないですし、また古かったり、高価だったりして困ることが多いようです。またベトナム人留学生の先輩たちが少ない場合、分からなことがあったとき、すぐ先輩に聞けるわけでもありません。
そうした学習環境にあって『翻訳・文法解説』は日本語学習の拠り所として大きな役割を果たすことは間違いありません。
では改めて第2版の『本冊』と『翻訳・文法解説』についての効果的な使い方について述べていきます。
まず強く言っておきたいのは、『みんなの日本語』は、『本冊』それだけでなく、『翻訳・文法解説』、付属CD、『標準問題集』、『絵教材』なども含めて互いに関連し合ったものを組み合わせて成り立っているということです。つまりそれぞれの教材を単独なものとして扱うのではなく、それぞれがどう結び付いているのかをよく考えた上で授業に臨むことが必要です。ここでは本冊と翻訳文法書との関連について、二つの本をそれぞれ読み込んでおくことがいかに大切かについて「文型の持つ機能」という点からお話しします。
例として『みんなの日本語初級Ⅰ 第2版』の14課の「~ています」について考えましょう。
14課の「~ています」は、「カリナさんはコーヒーを飲んでいます」「サントスさんは本を読んでいます」などの、いわゆる現在進行形です。教師は授業で実際に飲んだり読んだりする様子を見せたり、学習者にさせるなどして導入することが多いと思います。そしてこの「現在進行形」の概念や意味を学習者が理解することは易しいといえるでしょう。
しかしちょっと考えてみてください。実際の会話の中で話し手と聞き手の目の前にいる人を指して「あの人は何をしていますか」「ご飯を食べています」という会話をするでしょうか。しません。なぜならそんなQ&Aをしなくても両者の目の前にいて分っていることだからです。では実際に「~ています」という文型を使うのは、どんな場面で、どういう会話になるでしょうか。実はそれを考えることが「~ています」の「機能」を考えることです。次の会話を見てください。
①
佐藤さんは どこですか
…今 会議室で松本さんと 話しています。
じゃ、また あとで 来ます。
この会話を読んでお分かりのように「~ています」の「機能」は、話し手と聞き手の目の前にいない第三者の行動について描写することといえます。次の例も同様です。
②
A:さあ、行きましょう。
あれ? ミラーさんが いませんね。
B:あちらで 写真を 撮っています。
A:すみませんが、呼んでください。
実は①は14課の「例文 5」で、②は14課の「練習C 3」です。
14課で「~ています」を教えるときの到達目標の一つはこの会話といえます。
「練習B 7」のような単純に人の動作を描写する練習も大切ですが、さらにその上でこの「例文 5」や「練習C 3」の会話まで導くことが必要となります。
では『翻訳・文法解説』には、こうした説明などがあるでしょうか。実はありません。「~ています」の文法について各国語による翻訳が書いてありますが、実際のどんな場面で使うかまでは、各課の文法項目にもよりますが、詳しくは書いてありません。それなら『翻訳・文法解説』など不要ではないかと言われるかもしれませんが、そうではありません。文法の核となる部分の説明は翻訳でしたほうが明確になりますし、それを教材として持つことが学習者の拠り所となることは先に述べた通りです。
ただし今述べたたように『翻訳・文法解説』は必要ですが、それだけで学習者の上達は難しいです。そこを担うのが教師の役割です。
教師は各課を教えるにあたって『翻訳・文法解説』にはその文法項目がどのように取り上げられているかを見ておかなければなりません。翻訳版がどういう説明をしているかをチェックするのが目的ではありません。そんなことは何カ国語にも精通した人間でなければできません。大切なのは、本冊の各課の文型や文法が『翻訳・文法解説』でどれくらい取り上げられているかを把握することです。
また本冊の「例文」「会話」「練習C」など、該当項目の「機能」がどのように具体的な場面や会話で表現されているかをよく分析してください。
たとえば「~ています」の「機能」は「目の前にいない人の行為を描写する」ことだけでしょうか。次の会話を見てください。
③
この 辞書を 借りても いいですか。
……すみません、ちょっと……。今 使っています。
お分かりのように、この「使っています」の「~ています」の機能は「断り」です。
そして③は14課ではなく15課の「例文 2」です。15課での「~ています」は「カメラを持っています」「大阪に住んでいます」など、状態性や習慣を表すものです。しかし、上記の③はいわゆる現在進行形の「~ています」であり、「断り」の機能を持っています。少し混乱してきたかもしれませんが、何が言いたいのかというと、文法の持つ「機能」に常に着目しておかなければならないということと、各課の「例文」を注意してよく見ておかなければならないということです。
皆さんの中で各課の「例文」について、どれくらい注目して読んでいるでしょうか。なぜなら「例文」とは、その課の「文型」や「文法」が実際のどのような場面、会話で使われるか、すなわち「機能」を表した大変質の高いモデル会話だからです。そのモデル会話を活用することが教科書をうまく使うことだといってよいです。
『翻訳・文法解説』には「例文」の翻訳がありますが、それはただの翻訳です。学習者はその機能にまでは気が付きません。ましてや教師が授業で取り上げなければ学習者も注目することはないでしょう。
私は授業で必ず「例文」を取り上げます。音読させて意味を考えさせ、「例文」に基づいて会話練習をしたりします。ぜひそうしていただきたいと思います。そうすれば自宅での復習の際、『翻訳・文法解説』の「例文」の翻訳を読むことが定着に確実につながります。
最後にまとめて述べます。
●『翻訳・文法解説』は『本冊』などの教材と相互的に関連した一つの教材として必要なもの。自宅学習の拠り所としての役割は大きい。特に文型や文法の理解の助けには大いになる。
●しかし、「機能」を考える上では『翻訳・文法解説』だけでは十分でない。
●『本冊』の「例文」「練習C」「会話」のモデル会話をよく吟味して「機能」を踏まえた上での実際的な運用練習が必要となる。それが教師の役割。
以上、『みんなの日本語初級』の『本冊』、『翻訳・文法解説』との関連と効果的な使い方を述べましたが、CDや『絵教材』、『標準問題集』などと合わせて、より学習者に効果的にはたらくやり方をそれぞれお考えいただきたいと思います。
-進学後も見据えた日本語運用力の向上を目指して-
![特別連載 日本語教科書活用講座⑲ 『みんなの日本語中級Ⅱ』を使った中級学習者の授業 特別連載 日本語教科書活用講座⑲ 『みんなの日本語中級Ⅱ』を使った中級学習者の授業](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2014/05/minna_chukyu_2_honsatsu.jpg)
講師 影嶋岳志 霞山会 東亜学院 東亜日本語学校 副教頭
私たち東亜学院の学習者は全員中国の学生で、そのほとんどが日本での進学を希望しています。希望進学先は90%以上が大学院、その他が大学といった状況です。したがって彼らが希望するのは受験のための日本語学習、日本語能力試験と日本留学試験も含めた試験対策に偏りがちです。また、近年では、日本語学校は一日も早く卒業し大学院や大学に進学することが留学成功への近道だ、といった風潮が中国国内にあるようで、ますます試験対策に偏る学習者が増えてきている感があります。
しかしながら、そのような学習を経て大学院や大学にスピード合格した学習者たちから、「教授の話が聞き取れない」「もっと日本語を勉強しておけばよかった」といった声を聞くことも少なくありません。このような状況の中、私たちの学校では進学後も日本語で困ることのない運用力を育成するために試行錯誤を繰り返しています。
初級では『みんなの日本語初級Ⅰ・Ⅱ』を使用し、約300時間学習しています。中級では一年半ほど前から『みんなの日本語中級Ⅰ・Ⅱ』使用し始め、学習時間は約400時間で進めています。今回はその中の『みんなの日本語中級Ⅱ』(以下『中級Ⅱ』、『みんなの中級Ⅰ』は『中級Ⅰ』)をどのように使用しているかご紹介したいと思います。
『中級Ⅱ 教え方の手引き』p. 3より
『中級Ⅱ』は、『中級Ⅰ』と異なる点が見られます。「文法・練習」「話す・聞く」「読む・書く」「問題」の四項目で構成されている点は同じですが、項目の配列が「読む・書く」「話す・聞く」「文法・練習」「問題」の順になっている点が中級Ⅰと異なります。「読む・書く」が課のはじめにあり、文法の詳しい説明や使い方の練習をせずに読解・聴解を行うことになるため、学習者は読解や聴読解を行うときに前後の文から類推を働かさなければなりません。教師側もできるだけ学習者の類推で内容理解を進めるよう促し、説明する場合も意味がわかる程度に止めるようにしています。そして、その後の「文法・練習」において細かい違いや運用の練習を行っています。
また、語彙量も『中級Ⅰ』の二倍以上、使用頻度の高低や人名地名などの語彙範囲も広くなっていると感じます。そのため、課に入る前に学習者に語彙表を配布し、予習をさせています。それにより、教室内での語彙説明の時間を短縮し、口頭発表などの活動に時間を割くようにしています。語彙表はその課の新出語彙を品詞別に書き出したもので、使用頻度が低いと思われるものなどは抜いてあります。読み方と意味を予習してきた上で、教室では使い方を中心に15分程度語彙の授業を行い「読む・書く」へと入っていきます
『中級Ⅱ 本冊』p. 3より
『中級Ⅱ 本冊』p. 1より
『中級Ⅱ 本冊』p. 17より
各課の項目の中で「読む・書く」は読解、作文ですが、その中の「4.考えよう・話そう」の項目では少し時間をかけて発話の練習を行っています。当学院の学習者は全員中国の学生で、読解力・作文力に比べて会話力が低い傾向があり、口頭能力の強化が狙いです。「1.考えてみよう」では、提示されている質問や話題について比較的自由に話をさせますが、「4.考えよう・話そう」では何の練習であるかを少し意識させます。例えば13課(上記『中級Ⅱ 本冊』p. 3参照)では「1)あなたにとって日本語の勉強をしていて、いちばん難しいと思うことは何ですか。」とありますが、この質問に対して単に「助詞です」「敬語です」と答えるのではなく、経験やエピソードなどを用いて理由を話しつつ答える活動を行います。また、学習者の答えとしては、日本語に限らずスポーツや料理、さらに難しさだけではなく面白さ楽しさなどでもかまわないことにしています。私たちの学校ではこの項目を「勉強、習い事、趣味などの難しさや面白さについて、エピソードを交えてわかりやすく話す」練習にしています。
また、14課(上記『中級Ⅱ 本冊』p. 17参照)の場合は「1)①日本製のアニメが世界中で人気がある理由として、本文で取り上げられている他にどんなことが考えられますか。」ですが、これは「社会現象やブームを詳しい理由・原因とともに話す」練習としています。韓流ドラマが日本人女性に人気がある理由を熱心に語った学習者や、自国の環境問題について語った学習者もいました。これは日本人学生と会話をする時や、場合によっては大学や大学院の面接で役に立つことがあるのではないかと考え、始めたものです。この14課を含めその場で考えるのが難しいものもあり、そのような時は宿題にして次回に回します。この活動は先に本文を読む教科書構成になっているため、本文を参照例として使うこともできます。
『中級Ⅱ 本冊』p. 43より
『中級Ⅱ 本冊』p. 47より
『中級Ⅱ 本冊』p. 48より
『中級Ⅱ 本冊』p. 49より
「話す・聞く」では課の冒頭(上記『中級Ⅱ 本冊』p. 43参照)に示されている到達目標の達成をメインに表現文型を学習し運用練習を行いますが、「2.聞いてみよう」(上記『中級Ⅱ 本冊』p. 47参照)は聴解練習の項目です。「3.もう一度聞こう」(上記『中級Ⅱ 本冊』p. 48参照)のページを見てしまうと、漢字の助けもあり表記で内容を理解してしまうため、まずは本を開かずに会話を聞くようにしています。『中級Ⅱ』は『中級Ⅰ』に比べ会話文が長くまたカジュアルな会話が多いです。その上新出語彙も多いため、細かい部分まで聞きとるのはなかなか難しいです。
しかし、学習者たちが進学した後に耳にする会話や講義では、未習のものがないことの方が少ないかと思われます。「読む・書く」の本文同様ここも類推を働かせて聞き、わからない部分があっても大意をとれる聴解力をつける練習にしています。一度目を聞いた後で、学習者に聞いた内容を絵にする活動を行っています。「4.言ってみよう」の4コマ漫画(上記『中級Ⅱ 本冊』p. 49参照)のような、聞き取り内容を4分割した絵です。この活動では、1コマ目は○○さん、2コマ目は××さんといった具合に一人1コマ担当させます。その後二度目を聞き、描いた絵に訂正や追加を入れさせます。
前述の通り試験対策のための勉強に偏る学習者増えている中、「2.聞いてみよう」の「1)内容を聞き取りましょう」(上記『中級Ⅱ 本冊』p. 47参照)の回答のみ聴き取ろうとする試験対策的な聴解ではなく、まず場面や人数などの全体像、更には表情などの細部へとイメージを鮮明化していく練習になればと行っています。最後に実際に教科書に書かれている4コマ漫画と比べるのですが、教科書のより私の方が上手だと主張する学習者もいて、けっこう盛り上がります。
使用し始めてからまだまだ日が浅いので手探りの状態ではありますが、読解中心になりがちだった中級の授業をより活動的にできる教科書ではないかと感じています。今後、効果の検証や使い方の改良を行い、より上手な活用法を探っていきたいと思います。
入門,初級期が大切『みんなの日本語初級Ⅰ』を使っての直接法の授業
![特別講座 日本語教科書活用講座⑳ /アクティブな授業で学習者をつかむ! 特別講座 日本語教科書活用講座⑳ /アクティブな授業で学習者をつかむ!](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
講師 吉里以久子 イー・エフ・インターナショナル ランゲージスクール 非常勤講師
私が担当する授業の学習者の目的は、進学や日本語能力試験合格などではなく、日本語で日常生活や、職場でのコミュニケーションをとってみたいとか、興味のある日本文化やサブカルチャーに接してみたいといった場合がほとんどです。
○さて、このようなクラスでの初めての授業です。
初級は『みんなの日本語初級Ⅰ』の2課の練習A-1、A-2から始めます。なぜここから始めるかというと、1課は初対面の人との自己紹介ができるようになるのが目的ですが、ここに出てくる「わたし」「あなた」という表現を提示する場合、質問者の「あなたは」という質問に対し、解答者は「わたしは」というふうに主語にあたる部分のことばそのものを変えながら入れ替えなければなりません。それに対し、2課に出てくる「これは~です」であれば、質問と答えのことばが変わることもなく、学習者を「これは~です」や「これは~じゃありません」に集中させることができます。
授業の流れは以下のようになります。
2課 練習A-1、A-2→よく使う表現を使ったやりとりの導入と練習→ロールプレイ→1課
○短い音の名詞を最初に教えよう
2課の練習A―1は「これは~です、何ですか」(プラスして「これは~じゃありません」)、A-2は「それは~ですか、~ですか」が学習する内容です。
ここでは、初めに「本」「ペン」「紙」など、短い音で実物を見せられる物の名詞を導入。これらの実物を見せながら、教師が口頭で音声を聞かせ、リピートさせながら、だいたい3つくらいの名詞を覚えさせます。
○文の導入と練習
次に覚えた3つの名詞を使い、「これは~です」、「これは~じゃありません」「これは~ですか」「(はい、)これは~です」「いいえ、これは~じゃありません」などの導入から入ります。学習者を一か所に集め、全員に「これは~です」の状況になるように実物教材を触らせて文を言わせます。そして、ペアにして、「これは~ですか」「はい、いいえ」の問答をさせます。たとえば。
これはペンですか。-はい、これはペンです。
これは本ですか。-いいえ、これは本じゃありません。
これは紙ですか。-いいえ、これは紙じゃありません。
これは何ですか。-これはペンです。
これはペンですか、本ですか。-これはペンです。
単純ですが、実物を見せながら、実際に触れさせ、周囲に示させて、結構念入りにやります。
○よく使う表現のやりとりの導入と練習
以上がしっかり定着したら、よく使う表現のやりとりの練習をします。このやりとりは後のロールプレイにつながるものです。
教師:すみません。
学習者:はい。
教師:「ペン」をください。(次のロールプレイにつながる)
学習者:はい、どうぞ。
教師:どうも。
学習者:いいえ。
「どうぞ」「どうも」「はい」「いいえ」「ください」などは、場面・コンテキストをくっきりわかりやすく示すことで理解を促し、ジェスチャーで意味を伝えることができます。
この場合の「どうも」「いいえ」などにふさわしいイントネーションもしっかり練習させます。
学習者同士のペアワークでも練習します。学習者の様子を見ながらペアを必ずかえながら練習していきます。
「これは~です」が言えるようになり、意味がわかり、「どうぞ」「いいえ」などの表現の練習をし、十分だと思ったらロールプレイに入ります。
次のロールプレイの目的は学習者に練習A-1、A-2で練習した文型及び、上記の口頭練習が実際の場面で使えるのだという実感を持たせることです。
○ロールプレイ
教師はレストランのメニュー(本物のメニューである必要はない)を持ち、学習者に示しながら「レストラン」と言う。
次に自分をさし、「ウエイトレス(またはウエイタ-)」と言う。メニューを見せること、または机を少し動かして教室を演出することで、ここがレストランであることをわからせます。
そして、教師は学習者に背を向けます。
学習者は「あれ!?」「どうしよう?」「どうすれば?」、頭の中ではおそらく母語で「すみませ~ん」と言っています。それを感じたら、学習者のほうに振り向き、小さい声で「すみませ~ん」と言いながら、学習者にも「すみませ~ん」と言うようにジェスチャーで指示します。
学習者から「すみませ~ん」とでてきたら、ふたたび「メニュー」と言います。
学習者から「メニューをください」とでてきたら、上述の練習の成果です。
学習項目と表現の導入と練習方法、練習量が適切であれば出てくる可能性は高いです。
次に紙でもカードでも、学習者に「メニューです」と言って渡します。教師はメモをとるような動作をします。
たとえば学習者が「コーヒーをください」と言ったら、「アイスコーヒーですか?ホットコーヒーですか?」と聞きます。学習者が「ホットコーヒーをください」と言い、少したってから教師は「アイスコーヒーです」と言って、何かをコーヒーにみたてて、学習者の前に置きます。ここで学習者から「アイスコーヒーじゃありません」の文がでれば練習A-1、A-2の導入・練習の成果です。
自分が注文したはずのものが出てこないのですから、学習者は一瞬戸惑うでしょう。そして、戸惑いながらも「じゃありません」と言います。このときの、この戸惑いが大切です。教師は学習者に次に何があるのか答えを教えない、ドキドキ感のある活動を仕掛けていきます。そして学習したことを使い、自から注文し、注文と違うものがきたときに、「~じゃありません」と言える!という達成感が得られるのです。大事なことは教師に言わされたのではないということです。
このロールプレイの目的は簡単な文型と名詞をいくつか覚えただけで、これだけの会話ができるという楽しさを体感してもらうということです。
そして、2課の練習A-1、A-2を中心にした練習、ロールプレイが終わり、1課に入ります。
以上は初めての授業で学習者をつかむための私の授業例で、『みんなの日本語初級Ⅰ』全体を見わたせばごく一部です。
○授業の留意点を以下にまとめます。
まずは口頭で「説明」しないことです。多くの場合、教師からの日本語の説明は、説明の文の方が難しいため、学習者に理解させるのは無理です。また、「説明」は教師の一方的なレクチャーであり、学習者の発話を導かないという点で、コミュニカティブではない授業になってしまいます。
質問の仕方も学習者が簡単に答えられるような順番で、最初はYES、NOクエスチョンからするようにします。最初の質問が疑問詞の文は学習者には難しいからです。
そして、授業は教師のモノローグにならないように、学習者との問答で進めていくことです。繰り返しになりますが、文法のルールや形などを最初に説明したりして教えないで、学習者自身が発見していくように導くことが大切です。また教師が発することばは意味があるものでなければならず、一語一語に目的をもって話すことも大切です。日本語のわからない学習者は、教師の発することばを集中して聞こうとしています。聞いたことばがわからなかったりすれば、余計なエネルギーを使いますし、余計なエネルギーは今後の継続学習のモチベーションにもかかわってきます。
また、授業計画も重要です。授業計画を立てるときに、必ずその日の、その課の、その週の課題を考え、毎回どこかにゲーム的な要素やロールプレイをいれ、学習者を立たせたり、動かしたりしてアクティブに、ゲーム感覚で覚える楽しさを教えるようにすると、毎回の授業で達成感を与えることができます。
また、宿題は必ず出すことです。やってこない学習者がいても出し続けます。授業だけでは外国語の習得は難しいからです。自己学習は必須です。
最後に聞き取り練習について書いておきます。『みんなの日本語初級Ⅰ本冊』の聴解問題はスピードが速いため、私ははじめは『みんなの日本語初級Ⅰ聴解タスク25』を使っています。『本冊』の聴解の問題は、聞く回数は多くて3回くらいです。クラス授業の場合、すぐに聞きとれる学習者は何回も聞くことになるし、分からない学習者は何回聞いても分からないというようなことになりかねません。折角色々な会話ができるようになり、楽しかったのに、聴解をやってから自信をなくしてしまったということにならないように気をつけましょう。
「みんなの日本語」は積み上げ式であり、機能シラバスでもあるので使いやすい教材です。
一つ一つ項目を着実に理解しながら積み上げていく教材であるからこそ、今回触れたような活動での達成感が大きいと言えます。
今回の教科書活用講座では、まずは2課の練習A-1、A-2から導入しました。『初級Ⅰ』の範囲で他にも学習項目の順番を入れ替えることもあります。
教える内容・目的によって何に重点を置き、どのような順番がよいかを考えることも教師の醍醐味だと思います。
日本語が話されている状況をイメージするため教室でやりとりをする
![特別連載 日本語教科書活用講座21 /『みんなの日本語初級Ⅰ』-日本語が話されている状況をイメージするため教室でやりとりをする 特別連載 日本語教科書活用講座21 /『みんなの日本語初級Ⅰ』-日本語が話されている状況をイメージするため教室でやりとりをする](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
講師 木戸恵子 目白大学留学生別科 非常勤講師
1 『みんなの日本語初級Ⅰ・Ⅱ』の多様な日本語表現
『みんなの日本語初級Ⅰ・Ⅱ』が対象としている学習者は社会人、学生など様々です。この教科書の登場人物の設定も、ミラーさんは会社員、マリア・サントスさんは主婦、カリナさんは学生とバラエティーに富んでいます。そして、教科書では登場人物の生活場面を想定し、様々な場面で使われる幅広い日本語表現を目にする(耳にする?)ことができます。
2 例文・練習問題を見てみると…。
教科書では様々な日本語表現が紹介されていますが、実際の例文や練習問題は短いものが多く、シンプルな表現です。
『みんなの日本語初級Ⅰ』第15課の例文を見てみましょう。
例文 1 この カタログを もらっても いいですか。 …… ええ、いいですよ。どうぞ。 2 この辞書を 借りても いいですか。 …… すみません、ちょっと……。今、使って いますから。 『みんなの日本語初級Ⅰ 第2版 本冊』126ページ |
「だれが、「どこで」、この日本語を話しているのでしょうか?また、答えている人は「だれ」でしょうか?日本語母語話者やある程度日本語を勉強している人だったら、この短い質問と答えを読んで、「だれが」、「どこで」、「だれに」話しているのかをイメージすることができます。上記の二つの例では、どうして質問をしたのか、その理由についてもイメージが広がるのではないでしょうか。逆にイメージが広がりにくい文もあります。つまり、教科書の例文や練習問題は場面に依存していることが多いのです。簡単な日本語でも、初級学習者にとっては状況をイメージするのが難しい場合もあります。
3 「やりとり」でそれぞれの文の状況を確認
筆者は、この「だれが」、「どこで」、「だれに」、「どうして」話しているのかということをイメージできるように導くことが学習項目の定着や実際の生活場面での運用の促進に繋がるのではないかと思っています。そこで、筆者の日本語授業では学習者に状況確認の質問をし、学習者との「やりとり」を通して、例文や練習問題の日本語が話される状況をイメージするように心掛けています。
4 「やりとり」の効用、目的
状況確認のやりとりの目的は三つです。
① 日本語が使われる状況を明確にイメージすることにより、学習項目の内容や運用についての理解を深める。
② 教師が説明するのではなく学習者に質問する形式を採ると、学習者が答えを考え、日本語を話さす機会が増える。
③ 練習の前に教師と学習者が状況をイメージすることにより、学習者は言いたいことや言うべきことがはっきりし、練習がしやすくなる。
5 「やりとり」の具体例
それでは、授業でどんな「やりとり」をしているか、第15課文型1「~てもいいですか」を例に挙げて、ご紹介しましょう。
1) 例文を紹介する時の「やりとり」
例文 1 この カタログを もらっても いいですか。 …… ええ、いいですよ。どうぞ。 『みんなの日本語初級Ⅰ 第2版 本冊』126ページ |
T→教師 S→学習者 S: 「この カタログを もらっても いいですか。」 |
例文を読んで確認
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T: どこで 話していますか。 S1: 旅行会社で話しています。 S2: 電気屋で話しています。 T : 旅行会社…、電気屋…、そうですね…。じゃ、電気屋で話しています。 (↑教師が決めます)。 誰が誰と話していますか。 S2: お客さん(わたし)が電気屋の人と話しています。 T : どうして? S1: 新しい携帯電話が買いたいですから。新しい携帯電話がたくさんあります。 でも、わたしはよくわかりません。新しい携帯電話を知りたいです。 |
状況をイメージ
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と、いった感じです。教科書に掲載されている練習Bについても、同じように状況を確認した方がいい場合があるでしょう。筆者は留学生に日本語を教えていますが、練習問題の内容が留学生にはなかなか馴染みがない日常生活を切り取っている場合、上記のようなやりとりをして、練習問題のような文が話されている状況を確認することがあります。
2) 練習Bの追加問題をする時の「やりとり」
練習Aと練習Bは文の形を覚えるための練習問題です。具体的に言うと、15課の文型1の場合、教科書に掲載されている練習Aの1、2番、練習Bの1番~3番が文型1(「てはいけません」も含め)の練習問題が文型1に該当し、これらの練習をした後に、学習者が自分で話す内容を考えて文を作る練習を追加します。その際、教科書にはない状況(場面)を設定して、その状況に合わせて、学習者に文をいくつか考えてもらうことがあります。そのような練習問題では、まず、学習者と教師の間でその状況(場面)を共有するために、「やりとり」をします。それから、文を発表してもらいます。
以下は、第15課文型1「~てもいいですか」の追加の練習問題例です。この練習問題は教科書にはありません。
「 てもいいですか。」 |
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T : 友だち(先輩)と山へ行きました。朝、山へ来ました。 朝何時に来ましたか。 S1: 8時に来ました。 T : ここまで4時間かかりました。今は何時ですか? S2: 今…、12時ごろです。 T : 天気はどうですか。 S1: とても暑いです。 T : 今、とても良い天気です。でも、午後は雨が降ります。 皆さん、元気ですか?大丈夫ですか。 S3: いいえ、あまり…。疲れました。 T : 友達に聞きます。 疲れました…、疲れましたから…。 |
![]() |
S1: 疲れましたから、 ちょっと休んでもいいですか 。 S2: おなかがすきましたから、 何か食べてもいいですか。 S3: のどがかわきましたから、 水を飲んでもいいですか 。 |
学習者の発表
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T: あ、雨が…(雨が降ってきた素振りをする)。友達は話します…。 |
状況をイメージ
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S1: 雨ですから、 急いでもいいですか 。 |
学習者の発表
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このような学習者との状況確認(場面設定)の「やりとり」を取り入れた練習はイメージトレーニングと言ってもいいかもしれません。教室の中で「やりとり」を通して学習者が状況(場面)を把握し、最適な表現を考えて口に出す練習をします。そして、教室の外で似たような状況に置かれたときに、練習を思い出し、日本語で上手に言いたいことが言えるようになったらいいですね。
また、学習者の生活背景は様々です。練習は相対している学習者がわかりやすく、イメージしやすい場面、状況にしましょう。
-初級前期で行うインタビュータスク-
![特別連載 日本語教科書活用講座22 /『日本語初級大地』を使った授業 特別連載 日本語教科書活用講座22 /『日本語初級大地』を使った授業](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/daichi_1_maintext.jpg)
講師 鈴木健司 学校法人大原学園 大原日本語学院 主任教員
○はじめに
当校では、一昨年度までは非漢字圏学習者(ベトナム スリランカ タイ ネパール モンゴルなど)も漢字圏からの学習者(中国 台湾 韓国)と同じクラスで初級の学習を続けてきましたが、非漢字圏の学習者の増加が見込まれることから、昨年度末より非漢字圏学習者向けのコースを新設し、そのメインテキストとして『日本語初級大地』を使っています。
進学を目的とした留学生の日本語コースで、学生たちは無理なく日々日本語学習をつみ重ねています。
○『日本語初級大地』を選んだ理由
非漢字圏の学習者にとって漢字語彙は習得の難しいところです。
そのため入門、初級期ではなるべく文字に頼らない学習にし、漢字語彙の習得は確実に読める、使えることを目指し初級教材に『日本語初級大地』(以下『大地』)を選びました。
『大地』の場合、練習も多くがイラスト化されており、漢字かな表記に圧倒されにくく、学習をスムーズにすすめることができます。
『大地』を使ったこのコースは9か月間で初級(『日本語初級大地1』『〃2』)を終了できるように組み立ててみました。
3か月ごとに第Ⅰ期(1課から15課)、第Ⅱ期(16課から30課)、第Ⅲ期(31課から42課)とすすめています。
○評価について
『大地』を使った初級コースの評価は3課に1回のテストを行うことと、9か月で3回の定期テストで行っています。
3課に1回のテストでは語彙(約30%)、表現(約10%)文法の定着確認(文完成含む、約60%)、定期テストでは文法・読解・漢字語彙ペーパーテストに加え、聴解テスト、また口頭能力もテストしています。
口頭能力テストは1人5~6分程度行い、短文でこたえる質問に対しては、適切に理解して答えているかどうか、正確さをチェックし、また長く話し、説明したり描写したりして答える質問をしたりしています。
○漢字の学習について
教科書での学習以外に漢字250字を学習、旧日本語能力試験の8割程度です。
教室で勉強、教師が漢字シートを作成しています。一定数の漢字を習得したら、教室内でミニテストを行ったり、学生同士で漢字の読み書きの問題を出し合って、誰が一番できるか競わせたり、クラスのメンバーの構成や理解、運用の定着度を見ながら、積極的に漢字に触れる機会をつくり、できるだけ自分から使いたくなる工夫をしています。
○作文
『大地』のメリットの一つに「短作文」があります。
課の提出文型等に合わせ、課によって「短作文」をするところがあります。当校ではそれを用い、第4課から短文づくりをしています。
教室で書く場合と宿題にする場合がありますが、中級に進んでいくことを考えるとなるべく早く書く練習を始めたいと考えています。
○日本語学校での留学生活に深くかかわる語彙も学べる
当校で『大地』を使うメリットは他にもいろいろありますが、そのひとつに語彙があります。
推薦状(15課)などの進学に関係した、進学を目的とした学生にとって近い将来必要なことばなどが比較的多く提出されていることです。
日本語学校から高等教育機関に進学することを考えたときに、出願手続き~入学試験、または合格後~進学後に学校生活で使う言葉、普段使うことが多くなったIT用語が教科書に入っており、これらは中級にもつながる言葉で、できれば中級に入るまえに学習しておきたいものです。
その他にも長所がありますが、今回は簡単ですが『日本語初級大地1』の第13課で行ったインタビュータスクをご紹介します。
○大原日本語学院での活動例:第13課「使いましょう」
実施時期は2014年の1月下旬でした。
1月に入学した初級前期の非漢字圏のクラスの学生は、漢字圏の中上級の学生にインタビューをしました。
・「使いましょう」を使ってインタビュータスク
・「来日の動機や将来の計画をインタビューして聞き取る」
『大地1メインテキスト』第13課の『使いましょう』(総合的練習問題)(p.86)には、以下のようなやり取りの練習が提示されています。
実際にインタビュータスクをする前に、これを使ってインタビューのやり方を練習します。
A:(B)さん、いつ日本へ来ましたか。
B:(5年)まえに来ました。今、(みどり大学の4年生)です。
A:(B)さんは来年どうしますか。
B:わたしは(大学院に入り)たいです。
A:(大学院で何を研究したいですか。)
B:(ロボット工学を研究したいです。)
A:そうですか。(頑張ってください。)
まず、これを使ってクラス(初級)内のメンバー同士で応答練習をしてインタビューのやり方を学びます。
次に、近くの教室で勉強している中上級クラスの漢字圏の学生(中国・台湾・韓国人)に協力をお願いしてインタビュータスクをします。
インタビュータスクをする前には、テキストにある質問項目以外に何を聴きたいか話し合い、インタビューする内容をまとめました。
次は、このときに行ったインタビュータスクのやり取りの例です。
聞き手(A):1月入学の初級前半の非漢字圏クラスの学生
話し手(B):中上級の漢字圏クラスの学生。3月卒業予定
<完成したインタビュー項目とシナリオ>
A:失礼ですが、お名前は。
B:・・・・・・・です。
A:すみませんが、名前を書いてください
(書いてください・・・教室用語で導入済)
あ、ひらがなもお願いします。
B:(漢字で名前を書いてルビを振る)
A:(B)さんのお国はどちらですか。
B:・・・・・・・・です。
A:(B)さん、いつ日本へ来ましたか・
B:・・・・・・に来ました。
A:どうして(第9課)日本へ来ましたか。
B:・・・・・・・ですから。
A:ああ、そうですか。
(B)さんは、4月からどうしますか。
B:(大学に入り/大学院に入り/専門学校に入り/国へ帰り)ます/たいです。
A:(大学/大学院/専門学校/国)で、何を(研究し/勉強し)たいですか。
B:・・・・・・・・を(研究し/勉強し/働きetc…)たいです。
A:すみませんが、書いてください。あ、ひらがなもお願いします。
B:(書く)
A:何歳まで働きたいですか。
B:(・・)歳まで働きたいです。
A:日本語の勉強はどう(第7課)ですか。
B:(難しい/簡単/文法が難しいetc…)です。
A:ありがとうございました。
話し手は容赦なく中級の語彙、N2・N1の文法を使って返答してきます。
聞き手は聞き取りに加え、さらにメモを取っていないと話し手に厳しく指導されます。
インタビューを通し、互いに一生懸命に話し、聞き取り、共同で学習している様子がうかがえました。
聞き取ったインタビューは内容をまとめた後、中上級クラスに再度赴き、学生たちの前で発表しました。
そこで中上級の学生も自分が答えたことが再現できているかどうかを確認、自分が言ったことが伝わっていなければ、質問して再確認したりしていました。
初級の学生にとっては冷や汗ものですが、中上級の学生とのやりとりを通し「将来、自分もこのようになるぞ!」と目標が明確になるというメリットもあったようです。
中上級の学生たちが、ちょっと前の自分たちの姿を懐かしみながら、されど手を緩めることなく“胸を貸して”やっている様子を見ると、教壇に立つものとしてはとてもほほえましく思えました。
第一回 中級編
![特別連載 日本語教科書活用講座23 / 『留学生のためのアカデミック・ジャパニーズ 聴解』を使った要約から意見交換への発展学習 特別連載 日本語教科書活用講座23 / 『留学生のためのアカデミック・ジャパニーズ 聴解』を使った要約から意見交換への発展学習](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2015/03/academic_japanese_chokai_chukyu.jpg)
東京三立学院 竹野藍
〇はじめに
当校では、中級以降、各種試験対策の聴解授業を行っていますが、問題点が2点ありました。
1点目は、「メモがなかなか取れない」ことです。受け身になり、漫然と聴解問題に取り組む姿が見られました。
2点目は、「聴解からアウトプットにつなげる能力の育成」です。近年、大学院進学希望者が増加傾向にあるのですが、ゼミなど進学後の場面では、聞いて理解した内容を整理し、自分の意見を伝える能力が求められます。読解内容を要約する訓練は授業で意識的に行っていましたが、聴解授業でも行えないかと考えていました。
そのような状況の中、『アカデミック・ジャパニーズ 聴解』シリーズを授業に活かせるのではないかと考え、シリーズの『中級』『中上級』を通して使用することを前提とし、『中級』では問題点の1点目、「メモを取る」を主眼におき、授業を行いました。
〇対象クラス
クラス(18名)の約半数が大学院進学希望者、うち6名が非漢字圏学習者という編成。『中級を学ぼう 中級中期』を主教材としていました。
〇学習の準備
第1回目の授業の始めに、テキストの課の流れと共に「学習者向け 聴解Can-do」を確認し、到達目標をクラスの共通認識としました。この確認が非常に大切です。教師だけでなく、学習者も進学後を意識することで、やる気が変わります。
学習者向け 聴解Can-do(p.84)
その他、以下のことを行いました。
・別冊スクリプトはテキスト配付時に取り外し、教師管理としました。
・付属CDはテキストと共に学生に配付し、あらかじめ聞いてくることも可としました。
・ページ下の「難しいことば」については意味を調べてくるよう指示しました。
〇本書の1課の構成
【聞く前に】
イラストと質問を使って、本文の内容を予想させ、聞く準備を行います。
【問題A】
本文を2回聞いて、全体がつかめているかどうかの○×問題を行います。
【問題B】
もう一度本文を聞いてから、細かい部分についての質問に答えます。
【問題C】
整理ノートと構成表の二つのタイプの問題があります。
ことばの説明やエピソードを語るような本文は整理ノートに、
論理の展開があり主張したいことがはっきりわかる本文は構成表になっています。
【問題D】
要約文を書きます。重要部分を意識し、枝葉の部分を捨てる練習です。
【話し合い】
全体が理解できた後で、関連する内容についてのディスカッションを行います。
音声を聞いてメモを取る指示をする際に、母国語やひらがなで構わないと強調しました。とにかく手を動かす習慣をつけるためです。
問題Bは学習者にメモからキーワードを拾って発言させ、クラス全体で答えを組み立てました。テキストの狙いに沿って「短くまとめて書く」ことを意識させました。
問題Cは、最初、学習者にとって難しかったようです。例えば、第1課の「富士山」の問題C、最初の項目の模範解答は富士山の「特徴」なのですが、学習者からは「様子」「説明」「こと」などが挙がったため、内容をまとめる時によく使われる語彙を教えていきました。ここまでを半コマほどで行い、その後、テーマや内容によって、二通りの授業を展開しました。
パターン①は、要約力をつけることを目的とした授業展開です。パターン②はアウトプットにつなげるための授業展開です。パターン①では問題D(要約)を書いた後、スクリプトを配付、確認しました。
パターン②では、スクリプトを配付し、読解を行った後、ディスカッションをしました。問題Dは翌日までの宿題としました。
実際には、第1課「富士山」、第4課「水族館」、第5課「ゴリラの食事」はパターン①、第2課「信号の話」、第3課「隠れキリシタン」はパターン②というように授業を行いました。
要約の評価ポイントは、キーワードがきちんと含まれているか、構成を的確にとらえているかに置きました。
実際に授業を行い、目標に掲げた「メモを取る」ことについて、効果が見られました。最初は数語だったメモが、第10課を過ぎたあたりから目に見えて語数も増え、ポイントも押さえられるようになりました。何よりも学習者がメモを取ることに積極的になりました。
また、要約に関しても第5課までは書き込み型になっており、学習者が要領を掴みやすく、第6課以降にスムーズに進むことができました。受け身になりがちだった学習者が自ら学び、発言するという、聴解から幅を広げた授業を展開することのできる手応えのある教材だと感じました。
第二回 中上級編
![特別連載 日本語教科書活用講座23 / 『留学生のためのアカデミック・ジャパニーズ 聴解』を使った要約から意見交換への発展学習 特別連載 日本語教科書活用講座23 / 『留学生のためのアカデミック・ジャパニーズ 聴解』を使った要約から意見交換への発展学習](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2015/03/academic_japanese_chokai_chukyu.jpg)
東京三立学院 竹野藍
〇はじめに
当校では、中級以降の聴解授業において、「メモが取れない」「聴解から発話につなげる能力の育成」の2点が課題としてありました。そこで、これらに対処する授業として『留学生のためのアカデミック・ジャパニーズ 聴解』シリーズを採用しました。
『中級』では課題の1点目に主眼をおいた授業を行い、『中上級』では課題の2点目に主眼をおき、シリーズを通して使用しました。
当校では、中上級レベルの学習者に以下のような活動を行っています。
・新聞の投書形式で作成した教材を素材とし、投稿した人物に合わせた助言や意見の書き方を学習者に考えさせる(例:小学6年生の男の子が投稿した学校生活の悩みに対する回答)
・実生活でのトラブルを想定し、どうコミュニケーションを取るべきかを考えさせる
進学後、自分の考えを述べる能力が求められることを考慮し、学習者自身に「伝える/伝わる」ことを意識させるためです。説得力を持った発言には、論理性が必要であり、要約力はその土台となる大切な力であることも話しています。
〇対象クラス
クラス(18名)の約半数が大学院進学希望者、うち6名が非漢字圏学習者という編成。メインテキストで中上級の読解教材を使っているレベル。
〇学習の準備
第1回目の授業で、「学習者向け 聴解Can-do」を確認し、『中級』にプラスした到達目標をクラスの共通認識としました。学習者に『中級』からの流れで、何を意識して授業に取り組むのかを考えさせてから授業に入りました。
学習者向け 聴解Can-do(p.86)
その他、『中級』使用時と同様に、以下のことを行いました。
・別冊スクリプトはテキスト配付時に取り外し、教師管理としました。
・付属CDはテキストと共に学生に配付し、あらかじめ聞いてくることも可としました。
・ページ下の「難しいことば」については意味を調べてくるよう指示しました。
〇1課の構成
【聞く前に】
イラストと質問を使って、本文の内容を予想させ、聞く準備を行います。
【問題A】
本文を2回聞いて、全体がつかめているかどうかの○×問題を行います。
【問題B】
もう一度本文を聞いてから、細かい部分についての質問に答えます。
【問題C】
要約文を書きます。重要部分を意識し、枝葉の部分を捨てる練習です。
【問題D】
文章全体の構成を意識して捉えるために、表やノートの形で本文をまとめてあります。
空欄になっているまとめのことばを考えます。
【話し合い】
全体が理解できた後で、関連する内容にいてのディスカッションを行います。
問題Cと問題Dの順序が『中級』とは逆になっていることにも注目させました。『中級』では、学習者は内容の構成表を参考に要約文を書いていたため、『中上級』では、自力で構成を組み立てることを確認しました。
『中上級』では、音声を聞いてメモを取る際、日本語で書くこと、そしてキーワードとなりそうな言葉にマーキングをすることを提案しました。問題Bまでを20分ほどで行います。
その後は、内容により、2パターンの授業を展開しました。パターン①は、要約力をつけることを目的とした授業展開です。パターン②はアウトプットにつなげるための授業展開です。
パターン①では問題Cを書いた後、スクリプトを配付、確認し、問題Dを行いました。
パターン②では、スクリプトを配付し、読解を行った後、ディスカッションをしました。問題Dを確認後、問題Cは翌日までの宿題としました。
実際の授業では、第1課「掃除」、第3課「新幹線のおでこ」、第5課「そば屋ののれん」など、日本事情を扱っている課をパターン①で展開し、第2課「本屋」、第4課「体験プレゼント」など、学習者がより自分の意見をアウトプットしやすい内容の課はパターン②で展開しました。
目次
要約の評価ポイントは、キーワードの有無、構成に加え、『中上級』では、音声を聞いていない人が要約を読んだだけで内容を理解できるかどうか、つまり前述の「伝える/伝わる」ことを設定しました。
問題Dでは、進学後のレジュメ作成などで必要になる上位語や総称の語彙を適切に使えるようになることを意識しました。
シリーズを通して授業で使用する中で、学習者の主体的な学びの形が形成されていると感じました。
『中上級』のテキストが終わる頃には、要約時に、多くの学習者が接続詞や言い換えの言葉などを自発的に吟味し使い始めました。「伝える/伝わる」ためにどうすればいいのか、「受け手」を意識し始めた変化に驚きました。
最近は、携帯アプリなど学習者が個人で聴解を学習する環境が整ってきています。教師は、教材を使い、教室で活動することの意味を考えなくてはいけないと思っています。試験で正答にたどり着く、その力の先に進学があり、学習者が日本社会で様々な人とコミュニケーションを取りながら生活していく力が求められています。この教材は、試験対策の先にある、アカデミック・ジャパニーズにつながる深みのある教材だと感じました。
条件によって使い方を変え、教え方の幅を広げる-時間が限られた日本語研修を例に-
![特別連載 日本語教科書活用講座24 / 『みんなの日本語初級』を使った日本語の教え方 特別連載 日本語教科書活用講座24 / 『みんなの日本語初級』を使った日本語の教え方](http://www.3anet.co.jp/ja-relation/wp-content/blogs.dir/2/files/2013/06/minna_shokyu_1_dai2han_cover.jpg)
AZ Japanese Service代表 倉持素子
数年前より、日本で最もグローバル化が進んでいる企業の一つで、世界中から集まってくる社員に向けた日本語研修を担当しています。仕事では英語を使う環境にありながら、せっかく日本に住んでいるのだから日本語を勉強し、日本理解に役立てたいと考える人たちが対象です。日本語研修にあたり、会社側が授業料を負担するうえで提示した条件は次のようなものでした。
・初級は『みんなの日本語初級Ⅰ第2版』を使用
・授業は1回90分/週2回
・1学期は3カ月間。全24回で終了
・勉強の継続は可能だが、同じレベルは1回のみ学習可。
次学期は『みんなの日本語初級Ⅱ』のレベルに進級すること
(これは、会社として支払った費用に対する対価を求めるためです。
「やるからには必ず進級できるようにしっかりやること」という方針の表れです)
つまり『みんなの日本語』Ⅰ, Ⅱを、それぞれ36時間で終わらせるプログラムなのです。教科書1冊に対して24回の授業ですので、一日1課勉強してもまだ終わらないスケジュールです。また、1回90分すべてを『みんなの日本語』に費やせるわけではなく、簡単なテストやミニスピーチなども行うため、実際に使える時間はさらに少なくなります。ご存じのように『みんなの日本語初級』は、一冊を100時間から150時間かけて学ぶように作られている教科書です。その1/3の時間で何をどう進めたら学習者の役に立つのか…、悩むところから仕事が始まりました。
ことばの習得は、ある一定量のインプットがなければ使えるようになりません。特に文型積み上げ式のアプローチでは、まずは語彙、文法、そしてそれらを合わせた文の形を脳に記憶させ、体に染み込ませる必要があります。そしてその後、覚えたものをタイミングよくアウトプットする練習も欠かせません。私はこの企業研修でその両方を行うために、いわゆる日本語学校での授業とは全く異なる方法を取ることにしました。『みんなの日本語初級』は直接法の基本を丁寧に取り入れた教科書ですが、それと同時に12か国語に及ぶ語彙と文法の解説書を備えています。その解説書を最大限活用することにしたのです。
実際の授業の進め方をご説明しましょう。
1
授業への参加は予習を前提とします。新規文法事項及び新出語彙は文法解説書で各自自習してくるよう、毎回声をかけます。
2
授業冒頭で予習時にわからなかったこと、疑問に思ったことがあれば、質問するよう促します。質問がなければ特に解説はしません。
3
学習する課の「文型、例文」を音読します。単調にならないように、リピート、シャドーイング、コーラス、単独指名など毎回変化をつけるようにします。
→実際は、この時点で語彙や文法に関する質問が出ることがあります。文法書を読んだ時はわかった気になったけれど、声に出して言ってみたら、わからないことがあったと気づくのでしょう。脱線しないよう、聞かれたことだけに答えるようにします。
4
「例文」を音読します。「例文」は会話形式になっているので、基本的にペアで読ませていきます。その際、余裕があるようなら自分たちの実際の状況に置き換えて話してもよいことを伝えます。
→シンプルに思える音読ですが、実は受講生のやる気と工夫次第で非常に盛り上がる活動になる場合も珍しくありません。あるペアがオジリナルの問答で笑いあっているのを見て、他のペアもそれに倣う場合が見られます。
5
時間の余裕を見ながら練習BまたはCを適宜行います。
6
「会話」部分の音源を聞き、音読します。ペアで読む練習をさせ、最後にペアになって発表します。
→立って、できれば教室の前に出て発表させます。立つだけでもだいぶ気持ちが引き締まり、うまくできると達成感を感じるようです。
いかがでしょうか。オーディオリンガルの基本となる音読を土台にして、そこに少しコミュニカティブな要素を加えた形です。導入のための道具や工夫も不要です。『みんなの日本語』36時間コースを実現させるために枝葉を削れるだけ削り、思い切って花も落として残った幹がこの形でした。
もちろん36時間で実質的な時間が足りるわけもなく、扱える語彙などはごく限定されたものになってしまいます。また、使いこなしのための練習も、授業後に自主的に行うよう、継続して励ましていく必要があるのも事実です。
しかし、費用が発生し、そこに相手の要請がある以上、お互いが納得する着地点を模索しながら進めていくことは、どんな仕事に就いていても大切な考え方であり、スキルだと言えるでしょう。
使い慣れた教材でも、相手によって、条件によって、使い方のバリエーションが広がります。どんなに条件が限られていても、その中でアイディアをひねり出すことで、また一歩教え手としての器が大きくなるかもしれません。